11月15日に開催される問題解決のセミナー( https://www.rdsc.co.jp/seminar/161116 )について弊社へお申し込み頂ければ割引価格で受講可能ですが、このセミナーの内容について少し紹介している。
さて、科学の理論で否定される現象が実験の結果として得られたらどうするか。それを実験の失敗として見なすのか。新たな現象として見なすのか。技術開発では、この時の対応の仕方で正真正銘の基本特許を書くことができるかどうかの分かれ道であり、科学の世界に身を置く場合には、新たな挑戦をするための勇気が求められるチャンスである。
いずれにせよ大変なできごとである。人生一度でもそれを体験できたならば、技術者として幸運である。科学の世界でも幸運のはずだが、STAP細胞の騒動を見てしまうと、小保方さんの人生がどうなるのか見極めたうえで判断したい。自殺者まで出ている。
当方はこのようなシーンを二度以上体験できて幸運だった、と感じている。感じている、と表現しているのは、第三者が見た時に成果を出しても評価されなければ不幸だという人がいるからだ。
しかし技術者は知識労働者なので、その働く意味は貢献と自己実現にあるという視点に立つと、そのような現象に出会って、十分な自己実現もでき、事業へ貢献できたならば幸運である。
例えば、半導体用高純度SiCの事業化や、PPSと6ナイロンを相溶した技術で貢献した複写機事業と、十分な評価はされなかったが、なんといっても、当方がいなければ絶対にだれもできなかった、あるいは誰も実施しなかったシチュエーションなので、これは自己満足ではない。
ところで、技術開発の問題解決において、科学的に考えると解決できない問題に遭遇した時にどうするか。否定証明を行い、その技術開発の方向は間違っている、という結論を出すのか、科学に反する新たな現象を起こす実験を行い新たな機能を創りだすのかは、大変な分岐点である。
このような分岐点における意思決定こそマネジメントの醍醐味であるが、結論が出ても意思決定できず、開発方針を修正せず継続した現実のケースも存在することを昨日書いた。
過去の体験では、大胆な意思決定を行い、周囲にもそれを促し、技術開発を成功に導いた。問題解決とは新たな挑戦を行う意思決定でもある。
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11月15日に開催される問題解決法のセミナー( https://www.rdsc.co.jp/seminar/161116 )について弊社へお申し込み頂ければ割引価格で受講可能です。今日はこのセミナーの内容について少し紹介する。
科学の世界では、仮説の正しさを検証するために実験を行う。ゆえに実験は仮説を確認するためだけに行え、と上司から言われている人も多いのではないか。ここで、ある現象は起きないので新製品に採用予定になっているこの機能は実現しない、という仮説を立てて実験を行った場合にどうなるか。
無事実験が成功し、狙った現象が起きなければこの仮説は正しいことになり、新製品に予定していた機能を断念しなければならない。これが否定証明である。イムレラカトシュが、科学で完璧にできるのは否定証明しか無い、と述べているように、これはスキルの有無にかかわらず誰でもできる。実験が下手でも失敗はできる。
否定したことが正しい仮説と信じて実験を行い、実験も否定的な結果となっているのだから誰もが満足する。当方は人生に一度だけこの否定証明を行い周囲の反感を買っただけでなく、プロジェクトから外されたが、これは、実験結果を出したのがプロジェクトスタート直後の時だったから、仕方がないとあきらめている。
このプロジェクトは結局二年後当方の予言通り失敗するのだが、プロジェクトリーダーは、最後まで小生がその機能を否定した一つの材料で技術開発をやり続けた。おそらく技術者としての意地があったのかもしれないが、小生が結論を出したのは熱力学第一法則と同じくらいの科学的真理だったから、太陽が西から上がるようにならない限り、そのプロジェクトの成功はないと思っていた。
ただし、このとき、ただ冷徹にプロジェクトの進捗を眺めていたわけではない。ポリオレフィンとポリスチレンを相溶させて透明な樹脂を作ってみたり、他の一次構造で耐久性がありそうなポリマーを提案したりしていたが、まったくプロジェクトメンバーに相手にされなかった。何故か知らないが、そのプロジェクトでは成功する可能性がほとんど無い、その一つの材料で開発を続けていた。
科学による技術開発を行う上での問題は、この否定証明である。科学的方法において否定証明は、実験も含めて完璧なロジックで進めることができる。一方で技術開発ではモノを創りださなければいけない。ポリオレフィンにポリスチレンが相溶する現象は、フローリー・ハギンズ理論に反する現象で科学的にみるとおかしい。
しかし、新物質を創りださなければならない技術開発では、正しい実験である。実際にそのときスペックに迫る性能をその新物質は示した。残念ながらスペックを満たしていなかったので採用には至ってないが、開発すべき方向を示していた。ただ、科学的におかしい現象と言うことで却下された。新しいモノはできていたが。
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マネジメントとは、組織の機関である、と故ドラッカーは述べている。彼によれば組織は知識労働者が成果を出すための道具なので、マネジメントとは人を成して成果を出させるという意味になる。これも彼の著書に書かれている。
成果を出すためには、日々様々な問題を解決していかなければいけない。毎日成果が出ているならば意識しなくても日々の仕事は問題解決になっている。しかし昨日書いたような都議連の抱えている問題は、一朝一夕に解決できない問題、と二階氏は言われた。このような問題では問題解決法が重要になってくる。
ドラッカーも問題解決について触れているが、それは問題という概念の定義までで、実際の解決法すなわちメソッドまで書いていない。彼によれば、問題解決の前に、「何が問題か」を明らかにすることこそ重要と言っている。そしてその問題の意味については、「あるべき姿」と「現実」との乖離と定義している。
彼が正しい問題に拘った理由は、間違った問題を正しく解いても正しい答えにならないからである。これは日常の問題に限らず、科学や技術の世界でも同じだ。日常正しくない問題を解いていることが如何に多いかともドラッカーは嘆いていた。そして、頭のいい人ほど成果を出せない(注)、という名言を述べている。
ドラッカーは具体的に問題解決はこのように行うと書いていないが、彼の著書を貫いている問題解決の精神は、あるべき姿にすることである。すなわち彼は「あるべき姿」を明確に描くことが重要と述べており、これは目標管理という日本では20年ほど前から流行しだしたマネジメント手法で具現化されている。
問題解決法としてみたときには、「あるべき姿」から考える、すなわちゴールや結論から考える方法が重要で、これをもとに研究開発必勝法という電子書籍やセミナーを五年ほど前事業として展開したが、電子出版を閉店してからしばらく辞めていた。
たまたまセミナー会社から依頼され、11月15日に問題解決のセミナー( https://www.rdsc.co.jp/seminar/161116 )を再開することにしたが、過去のセミナーを見直し、一般受けするように根本的に書き直した。弊社へお申し込み(Email:info@kensyu323.com)頂ければ割引価格で受講可能です。
(注)小池都知事が幹部の処分を発表されたが、元市場長で現副知事のコメントがあきれる。「あのときどうすれば良かったのか、何ができたのか、心に問い続けているが、答えが出てこない」という。マネジメント能力0の人が副知事まで昇進できる組織とは?
まず、今の状況を見れば、まともに職責を果たさなかったことは明らかであり、コメントを求められたなら都民に謝罪すべきところだが、それもできない情けない傲慢な人物、恐らく頭の良いことを自認する人物がリーダーになっているのが今の都庁である。バブル崩壊後日本はなかなか立ち直れず、最近ではオリンパスや東芝の不祥事など内部から昇進した経営者の情けない姿が続いている。三菱自動車までルノーの傘下になった。日本の社会の何が問題かは明確だが、それを解決できる、あるいは解決しなければいけない立場にまともな人が少ないというジレンマ、これは小池都知事が目立ってしまう原因でもある。小池劇場などと揶揄されたりしているが、今小池都知事はパフォーマンスで仕事をやっているのではなく、まともなリーダーならやらなければいけない仕事をしているだけである。だから都民のほとんどが支持をするし、その政治塾で学んでみたいという人が現れる。
弊社は少しでもこのような日本社会に貢献するために、この活動報告を通して、当方のサラリーマン時代の姿を発信している。当方は故ドラッカーの著書が高校時代からの愛読書である。若い人でサラリーマン道に迷った人がいれば、いつでも事務所へ尋ねてきていただきたい。ご指導致します。
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小池都知事を応援した「7人の侍」こと7人の区議に対する処分が昨日延期に決まったという。自民党二階氏の和解策をけった彼らに対して都議連がどのような判断を下すのか注目されていた。その結果として「延期」とは情けない。「延期」したままうやむやにするのだろうか。
当方は、現在の都政の状況において自民党都議連はこの処分問題を有権者への謝罪の機会に活用するのも一つの政治的手法と考えている。少なくとも豊洲移転の問題に関しては、与党自民党の失政が明らかであり、さらに豊洲移転問題で汚職事件にでも発展したなら、特定の汚職犯である自民党員の問題ではなく自民党全体の問題となる。
ここで処分問題そのものについて都議連の過ちであり、過去も含め謝罪し小池氏と協力して問題解決にあたる、というのは有権者に対し好印象を与える。ちなみに現在の段階で7人の侍は、明確な答えを出していないのである。都議連が処分を打ち出し、それが明確になっていないので都議連側にこの結論を出す責任がある。
都議連の謝罪により誰の面子がつぶれるのか。今の状態では面子がつぶれるのではなく逆に好印象を有権者に与える可能性もある。すでに自民党党本部は、現実的な動きをしている。
ところで、組織と個人の関係において組織は成果を出すための道具に過ぎない。その道具がおかしな動作をした場合に、個人は組織を改革するのか組織をすてるのか、という決断を迫られる。あるいは、個人の立場ではそのように判断すべきである。一方組織の機能に責任ある立場では、おかしな動作を修正するようにマネジメントしなければならない。
すでに自民党本部は小池氏に不問いの結論を出し、都議連幹部も総辞職させるなどしたのだが、それでもおかしな動作をして厳しい処分を都議連は出してしまったのである。それに対して7人の侍は、組織と個人の関係において正しい行動をとっているのだ。このまま長引けば都議連がさらに傷を深めるのは明らかで、早期収拾が頭の良い決断である。それには謝罪しかない。今の段階であれば有権者は理解を示す。
もし結論を長引かせたり、うやむやにした場合にはどうなるのか。さらに組織は傷を深め、大きな問題を引き起こす可能性がある。当方はゴム会社を転職後起きたゴム会社の事件にびっくりし、組織と個人の関わりにおける判断の難しさを痛感した。このまま進むと7人の侍は、本当に離党し、都議選で対抗勢力となって自民党は都議会で議席を多く失うことになる。
このような問題についても問題解決を誤ると複雑化する。11月15日に問題解決のセミナー( https://www.rdsc.co.jp/seminar/161116 )を予定しているが、5年前に開催した研究開発必勝法という問題解決セミナーにマネジメントの要素を加え、アイデアを出すためのノウハウもお話しするので都議連の方にも参考になるのではないかと思っている。ただし内容は技術開発が中心である。弊社へ申し込んでいただければ割引価格で受講可能です。
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「「ヴーーーッ」-。日も傾きかけたメイン球場で、声にならない悲鳴が次々と上がった。若手6人で行われた全体練習後の特打。ロングティーに取り組んでいた斐紹が、脚を押さえ苦悶(くもん)の表情でグラウンドに倒れ込んだ。その直前には牧原が同じようにもん絶。釜元、黒瀬も同様にスイング中に足をつり、黒土の上でのたうち回った。」
怪しい小説の一節ではない。某スポーツ紙の記事からの転用である。記事の書き出しは「地獄の秋がスタート! 来季の王座奪回へ向け、ホークスの宮崎秋季キャンプが「悲鳴」とともに始まった。工藤公康監督(53)の予告通りに、初日からハードな走り込みを実施。中でも選手が悲鳴を上げたのは100メートル走10本×4セットのインターバル走だ。」とある。日本シリーズが終わり、プロ野球では早くも来季の話題で持ちきりである。
このような壮絶な記事の内容だが過重労働やパワハラ、モラハラはてはセクハラなどの問題を言い出す選手はいない。また、労働基準監督署も放置している。記事を読む限り、少なくともパワハラは誰の目から見ても明らかである。しかしこれが問題にならないのは、選手達の相互の信頼と来季への夢があるからだ。
監督の厳しい指導でもそこに信頼があれば、愛のムチとなる。ゴム会社で高純度SiCの事業化を担当していたときに、第三者が見たときに世間言うところの過重労働やパワハラが明らかに存在し、最後はFDを壊される業務妨害である。また、担当前の企画段階では、それを解答にした昇進試験で0点をつけて落とされている。
それでも推進したのは、研究所を建て先行投資をしてくださった経営陣の期待に応えるためだった。またU本部長は厳しかったが信頼できる方だった。I本部長に代わってからおかしくなった。そして事件が起き転職することになるのだが、昨今の話題である過重労働やパワハラは、職場の人間関係や相互の信頼で多くは解決できるのではないかと思われる。プロ野球の厳しい練習風景の記事を読み、相互の信頼と将来の夢の共有化が日本の職場で無くなってきたのではないか(注)と心配している。
「考え抜いた末、日本ハムに入りましたが、この4年間を振り返ると、これ以上ない環境の中でプレーさせていただいたと感謝しています。あのときの選択は間違っていなかったと。自分が成長していく上で、どういうところに身を置くかって、すごく大事なことなんだということが分かりました。」
これもスポーツ記事からの抜粋だが、当方は、いろいろなことがあったにもかかわらず、ゴム会社と写真会社両者で勤務できたことは、ドラッカーの著書を理解し実践するために大変役だったと思っている。両社で、当方がいなければ絶対に実現出来なかった、と言っていただける成果を出すことができ幸せである。当方でなければ解決できないご相談をお待ちしています。
(注)相互の信頼があると思って部下に厳しい言葉を言ってはならない。パワハラ、セクハラなどのハラスメントは相手がそのように取ったときにアウトである。そのため昨今の職場では紳士の言葉遣いの上司が増加中である。それでもハラスメント事件が起きているのである。本質として信頼関係が成立していない職場が増えているからである。
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カオス混合プラントが無事立ち上がり、複写機のいくつかの新製品も順調に上市され、2010年に早期退職しようと思っていたら、環境対応樹脂を開発してほしい、と言われた。
人事に2010年退職した場合と2011年に退職した場合、そして定年までいた場合と退職金等の計算をしていただいたら、どこで退職しても変わらないという。早期退職のシステムがそのようにできているからだそうだ。
そこで2011年3月11日(金)を最終日として、環境対応樹脂の開発に1年間取り組むことにした。ポリ乳酸は高いので、PETボトルのリサイクル樹脂を使ったらどうか、という提案があり、面白いと思った。提案している人は、PETという樹脂が射出成形に向いていないので、押出成形やブロー成形に使われていることを知らない。
さらにPETという樹脂は溶融粘度が低いので難燃化しにくい。すなわち複写機の外装材ではUL94-5VBという高度な難燃化レベルを達成しなければいけないので、PET含有率50%以上の樹脂ではその材料設計がかなり難しくなる。おまけにコストダウンも目標になっているので、高価な難燃剤を用いることができない。
コストの制約から1年後の開発目標として不可能なレベルだと言ったら、内装材だけでもPETボトルのリサイクル材が使えないか、と言われた。
内装材ならばUL94-V2レベルとなり、溶融型の難燃化手法が使えるので、問題は精密成型可能な樹脂設計をどのように行うのか、という問題だけである。これは、溶融時のレオロジーを調整すればよいので簡単な問題であるが、溶融型の難燃化手法と二律背反になる懸念がある。二言三言言いたかったが、とにかくできたならどこにでも使ってもらえるのか、と一言質問したら、力学物性さえ満たせば使う、と当たり前の回答が返ってきた。
こんなやり取りでスタートしたが、細かなミスにも関わらず組織がうまく機能していたので、退職前に無事樹脂は完成し、新製品に採用された。会社最後の出勤日は、最終講演とパーティーが用意されたが、東日本大震災のためすべて吹っ飛んだ。ゴム会社の退職時の送別会も退職してからの開催だったが、写真会社も結局退職してから有志だけの会が行われた。
ゴム会社と写真会社では勤続年数が異なるが、ゴム会社の方が長く勤めていたような錯覚があるのは、高純度SiCの仕事で勤務時間が長かったからかもしれない。ゴム会社と全く異なる風土の写真会社は、およそ2倍の年月勤務したが短いような印象がある。
退職後の印象も大きく異なる。写真会社を退職後、部下が環境対応樹脂の仕事が社長賞を受賞したことを知らせてきた。そしてその記念品を贈ってくれた。ありあわせの段ボール箱につめて無造作に送られてきた記念品だったが、涙が出るほど感動した。
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オーディオ用カセットテープが流行しているという。今から10年以上前に、大量にあった音楽用カセットテープの音をすべてCD-ROMに落とした。CD-ROMは一応オーディオ用を用いたのだが、10年以上経過したCD-ROMの中には、色素が劣化して読み取れないものが見つかり、2年ほど前に慌ててHDへすべて録音しなおした。
10枚ほどのCD-ROMが読み取り不良になっていた。カセットテープはすでに廃棄した後なので10枚分の音源を失ったことになる。ただMP3に圧縮してバックアップも作っていたので、大半の音源を救うことができた。学生時代に購入したレコードは、未だに懐かしく良い音で聞けるのだが、デジタルの脆弱さに驚いている。
カセットテープはCD-ROM化した時にすべて廃棄したのだが、たまたま1本廃棄し忘れたカセットテープが出てきた。10年以上使っていなかったオーディオデッキを動かしてみたところ、動作しない。モーターの回転する音がかすかに聞こえるのでプーリーに使われているゴムがダメになった可能性が高い。
オーディオデッキを分解してみたところ、予想はあたり、劣化しプーリーに張り付いていたゴムを見つけた。3本使われていたので、サイズを計り秋葉原まで出かけた。500円程度で無事オーディオデッキが復活した。
音楽を聴きながら、今カセットテープが流行する理由がわかった。中音領域から低音領域のぬくもりがデジタルでは再現されないのだ。おそらくデジタル信号として再現はされているのだろうが、中低音領域の微妙なニュアンスがデジタルでは聞き取れない。
アナログからデジタルに変わった時に、そのSN比の高さに驚かされ、一気にアナログメディアをデジタル化したが、逆にデジタルからアナログに回帰してみるとその時に気がつかなかった中低音の再現性にアナログの良さを見つけた。
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11月15日に問題解決法の講演会( https://www.rdsc.co.jp/seminar/161116 )が企画されている。そこでネットで話題になっているピコ太郎にふれるかどうか悩んでいる。このピコ太郎の笑いは、ひらめきというモノを説明するのに良い題材なのだ。
ただ、ピコ太郎を見てすぐに吹き出す人と吹き出さない人がいるので迷っている。当方は後者であるが、吹き出さなかった理由は、たまたま問題解決法のプレ資料を作っているときに見て感動したからだ。カンのいい人には、事前にオチがわかる芸であるが、そのオチを真剣にリズミカルにやっているところが凄い。さらにあまりにリズミカルなので、事前にオチが分からなかった人は、最後のオチで意味が分かり吹き出すことになる(注)。
この芸では、オチが事前にわかった人と、オチが全く分からない人は終わっても吹き出すには至らないが、オチが事前に分かった人は、この芸に感心することになる点が凄いところである。ゆえに、TVでも多くのお笑い芸人がこの芸を賞賛している。
ピコ太郎をご存じ無い方は、YOU TUBEをご覧になっていただきたいが、これで吹き出せるかどうか、また吹き出せずばかばかしい、と感じるかどうかは、その人がアイデアマンかどうかの分かれ道になるのでは、とも思っている。ここでばかばかしい、と感じる人で事前にオチが分かってばかばかしいと感じた人はアイデアが閃きやすい人であるが、最後まで聞いてもオチの理解ができなかった人は、少し訓練する必要がある。また、その訓練方法もある。
まさにこのピコ太郎はアイデアのひらめきがどのようなモノであるかを教えてくれるすばらしい芸であるが、この芸人が昔「マネーの虎」という番組に出ていたことを知っているマニアックな人は少ないと思う。
(注)このオチを英語で理解できるので国際的にヒットしているのである。だから英語が分からない人には少しきつい芸かもしれない。ただ、今時の若い人は、「I have a pen」程度の英語は理解できるので日本人でも受けることになる。
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車内で化粧をする女性はマナー違反か、という議論が盛んである。きっかけは某電車のつり広告だが、その人の公衆の面前の行動がマナー違反かどうかは、その社会のメンバーが公衆道徳をどのように考えているかどうかに左右されると思う。
すなわち、車内で化粧をする女性はマナー違反かどうか、という議論は、男の立小便がマナー違反かどうか、という議論と等価である、と思っている。大半の男性の意識は進化したので、男の特権であった立小便の議論などばかばかしくてやらない。また、今は軽犯罪法に引っ掛かる扱いなので等価であるというのは乱暴かもしれないが、女性の電車内化粧と同様に、立小便が日常の習慣として見られた時代もあったのだ。そしてそのマナーについての議論がなされた歴史がある。
以前国民栄誉賞の受賞を断った野球人がいらっしゃった。その理由が”受賞すればその辺で立小便ができなくなるから”だという。最初は冗談かと思っていたら、実際にインタビューでそのように答えていたので感心した。すなわち、この方は立小便を法律違反だと解っていても男の本能として立小便をしたい、それで賞をけがすといけないので辞退されたのだ。いつまでも態度を明確にしないボブディランよりも潔い。
子供の頃、街の道路の脇には側溝があり、常時生活排水がむき出しの状態で流れていた。だから、その側溝で立小便をする人が多数いた。男性の大人や子供だけでなく、たまに老女がお尻をつきだしていた光景も目にした。日常皆が習慣でやっている光景は、進化した人類にはマナー違反と映っても無くならない。
当方は、それをマナー違反だと進歩的な親から躾けられた。だからそれを日常の習慣とする男性が多数いたとしても、当方は絶対に公衆の面前で立小便をしないと物心ついた時から固い決意をして生きてきた。しかし、街から側溝が消えても中学校にあがるくらいまで立小便の光景は無くならなかった。今でも強烈な記憶として残っているのが、高校生の時に、朝早く散歩途中の老女がお尻をつきだして立小便をしていた光景に遭遇してしまったことである。少なくとも50年くらい前は、立小便と言う現代の人類から見たらマナー違反と呼ばれる習慣が残っていた。
中国に行くと、今でも立小便をする大人や子供をみることができる。また中国人旅行者が子供に立小便させている光景を秋葉原で見かけたこともある。驚いたことに、お巡りさんは見て見ぬふりをしていた。中国ではどのような議論がなされているのかしらないが、立小便と言う習慣を良いと思っている人がいるようだ。
電車内の化粧もこれと同じである。もっとも電車内の化粧は高度経済成長末期の頃から、すなわち今から25年ほど前から増えてきたように思う。昔学生時代にボーイフレンドに隠れながら申し訳なさそうに化粧をしているOLを目撃したのが電車内化粧の目撃初体験である。ところが今や堂々と化粧をしている。香りの公害など気にせず、また他人の洋服を汚しても謝らない傍若無人ぶりである。
電車内の化粧は女性の社会進出とともに顕在化してきた習慣で、古くから伝統的に存在した立小便とは比較できない、と言われるかもしれないが、当方の目には老女の尻を突き出した立小便と同じ光景に見えてしまう。
マナー違反かどうかという議論の前に、電車の中で化粧をされている方は、男性諸氏に立小便と同様の視線を受けているということを意識していただきたい。少なくとも当方は女性の電車内の化粧をみると、老女の尻を突き出した光景とが重なり不快である。これは、偏見だと非難されても、そのように親に躾けられたのでどうしようもないトラウマのようなものである。楽屋裏を見る、見ないという次元の意味ではなく、それをみると立小便と同じように見えて不快な人がいる、ということを意識してもらいたい。
高校生の時に出会った老女は、あたかもゴキブリと遭遇したときのように凍り付いて身動き取れない当方に「おはよう」といってきた。それが習慣の人には、たとえ悪いマナーであっても、他人に大きな迷惑をかけているわけではないと、その人の中で正当化されているのだろう。
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燃焼時の熱でボロンホスフェートを合成し、基材の高分子を難燃化するアイデアは、当時として画期的であった。しかし、貯蔵安定性にすぐれたホウ酸エステルの分子設計が問題となった。すなわち、簡単な構造のジオールとホウ酸から合成されるホウ酸エステルでは耐水性が無いので、工場で使用できない。
しかし、この問題はたまたま実験室にジエタノールアミンがあったので、簡単に解決できた。もっともポリウレタンの研究開発を行う部門だったので、ジオール類は一通りそろっていた、という好条件が幸いした。運が良かったのだ。
ホウ酸とジエタノールアミンとの反応は簡単だった。両者を混合し、100℃で1時間程度攪拌するだけで合成された。水が副生するが、軟質ポリウレタンフォームでは発泡剤として水を使用するので脱水する必要は無かった。
面白いのは、脱水しなくてもホウ酸エステルの構造で安定に存在している現象だった。マススペクトルで、6ケ月経過後のホウ酸エステルを評価しても合成直後と変わらなかった。また、ポリウレタンの反応にもジエタノールアミンの効果を考慮すれば、影響がないと結論できた。
ホウ酸エステルとリン酸エステルを併用して軟質ポリウレタンに添加したところ、期待通りの高い難燃効果が得られ、燃焼後の残渣には材料設計通りボロンホスフェートが残っていた。
指導社員の指示で、市販の主だったリン酸エステルとの組み合わせについて実験を行った。50配合程度評価したので、その燃焼結果を多変量解析した。その結果、統計学的にもホウ素とリンとの交互効果が確認された。リン酸エステルについて主成分分析を行い、化合物の分類をしてはいたが、残渣分析の結果からは、リン酸エステルの構造の影響はほとんど無かった。
カテゴリー : 一般 高分子
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