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2016.01/06 電気粘性流体の劣化問題解決法(1)

話が横道にそれたが、高純度SiCの開発プロセスについて中断し、少し電気粘性流体(ERF)を事例に実践知による問題解決の重要性を書いてみる。
 
ERFは、絶縁オイルに半導体微粒子を分散した流体で、この流体に電場をかけると微粒子が帯電してつながりゲル状態になる。そして、電場を取り除くと帯電状態から解放され、元の流体に戻る。すなわち、電場のONとOFFで固体に近い高粘度状態にしたり、低粘度の流体にできたりと、可逆的に電場で粘度を制御可能な流体である。
 
しかし、どのような半導体微粒子と絶縁オイルの組み合わせでも、可逆的なER効果が発現するわけではない。1980年頃はERFが登場して40年ほどしかたっていなかったので、どのように半導体微粒子を設計すればよいか、まだ形式知として知られていなかった。この形式知が存在しない時代に、当方の発明による3種類のERF用微粒子構造設計法の特許が出願されている。
 
一つは、微粒子の表面から内部にかけて抵抗が10の12乗Ωcmから10の5乗Ωcmに低下している傾斜組成の微粒子構造である。二つ目は、あたかもコンデンサーが分散した構造のような微粒子である。そして三つ目は絶縁超微粒子を半導体中に分散した構造の微粒子である。いずれも1μm前後の大きさの微粒子の構造を実際に制御して創り上げた世界初の材料で、実践知と馬鹿力により瞬間芸あるいは手品のごとく短期間で開発している。
 
オイルについても、誘電率が高いとER効果が高くなるので、ホスファゼンオイルを発明したが、これは大学院時代に恩師から授かった形式知の成果であり、その後この技術は二次電池の電解質の難燃剤技術へ展開されて行く(形式知の良いところは、論理がつながる限り、すぐに第三者が開発に取り組める長所がある)。
 
但し、微粒子がうまく材料設計されていれば、オイルはホスファゼンオイルのように高誘電率でなくても高いER効果を出せたのでこの技術は蛇足だった。また、その後誘電率が高いと応答性が悪くなるという問題も見つかった。
 
さて、ERFとはこのように特殊な絶縁オイルと特殊な構造の半導体微粒子との組み合わせで構成されるが、これをゴムの中に封入して用いると、ゴムの配合成分がERFへ抽出され、その結果ERFが増粘し、ひどい時にはゲル状になる。ゲル状になってしまうと、電場のON、OFFで粘度変化を制御できなくなり、電気粘性流体の機能が無くなる。これがERFの耐久劣化問題である。
 
ERFをゴムに封入し耐久試験を行うと一週間未満でER効果を示さなくなる。ゴムの種類によっては、耐久試験を始めて一日でダメになることもあった。ERFの実用化のためにはこの劣化問題の解決が不可欠だった。
 
そこで、高純度SiCの事業化を一人で推進していた当方が駆り出されたのだが、ひどいのは同じ研究部門に所属していたにもかかわらず、それまでの開発成果を見せてもらえず、ただ一週間後から仕事を手伝ってくれればよい、という指示だった。それで、一週間の猶予の間に、耐久性の劣化問題の解決とERFの微粒子設計、そしてホスファゼンオイルのアイデアなどを実験結果を添えてまとめた。周囲はびっくりしていたがーーーー。
 

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2016.01/05 高純度SiCの発明プロセス(6)

フェノール樹脂とポリエチルシリケートとをリアクティブブレンドで相溶させる技術は、形式知だけでは実現できなかった。フェノール樹脂やポリエチルシリケートの個別の反応に関する形式知は存在したが、両者が共存した時の反応に関する形式知は、公開されていなかった。
 
SiC化反応(シリカ還元法)の反応前駆体となるシリカとカーボンの均一混合物の製造方法については、(1)シリカとカーボン、樹脂を混合し固める方法、(2)カーボンとポリエチルシリケートとを混合し固める方法、(3)フェノール樹脂とシリカを混合し固める方法の3種類が、特許として公開されていた。
 
ポリエチルシリケートとフェノール樹脂をリアクティブブレンドしてコポリマーを生成する技術が公開されていなかった理由は、すでにここで書いたように、相分離してそれぞれの高分子が個別に反応するため、急速に分離し不均一な前駆体しかできないからである。
 
(2)法と(3)法が公開されていたので、リアクティブブレンドは誰でも思いつきそうな技術であったが、このアイデアは形式知であるフローリーハギンズ理論からは否定され、実験を行っても理論の再現を確認するような結果となる。すなわち仮にアイデアが生まれても、研究者ならば否定証明を行いたくなり、モノはできない。
 
話が高純度SiCの発明プロセスからやや脱線するが、この事例のように、形式知が新しいアイデアを抹殺する事態は数多く存在する。ところが大半の研究者は、科学という形式知の世界で仕事をしているのでそのことに気がつかない。その理由は、形式知で否定される現象については懐疑的に見ながら実験で確認し、実験でうまくできないと安心して否定証明を行うからである。
 
例えばSTAP細胞は、一流の研究者がその再現にチャレンジしたができなかったので存在しない、とされたが、もし楽観主義者か未熟な誰かが科学的に否定できない条件で実現したら、「存在しない」とされた結論がひっくり返る可能性がある。
 
STAP細胞に限らず、このようなことは度々起きる(注1)が、否定証明が成された直後にその結論がひっくり返るようなことは、あまり起きないので気がつかないだけである。また、否定証明され「起こりえない現象」とされた結論が、その直後にひっくり返ったならば大騒ぎになる。
 
例えば、こんな事例もある。留学から会社へ戻り、高純度SiCの事業化で苦しんでいた時に手伝った(注2)電気粘性流体の耐久性問題では、界面活性剤の添加という手段で問題解決できない、という結論が否定証明で出されていた(注3)。
 
HLB値というパラメータを軸にして、すべての検証が行われたかのようなレポートを転職直前に見せてもらったが、科学的にその内容が正しくとも技術者から見れば大間違いのレポートだった。幸運にも当方に問題解決の依頼が来た時には、このレポートの存在を知らされず、ただ仕事を手伝え、と言われただけである。そこで実践知として体得していた技術の定番である界面活性剤を用いて1週間ほどで問題解決をした。
 
実践知を用いた技術的問題解決法というのは、形式知を重視している人からは許しがたい方法に見えるものらしい。しかし、形式知が存在しない領域の現象を扱う時には、暗黙知や実践知を総動員して問題解決しなければ、新しい技術など生まれない。これを科学の時代だから研究を行い形式知を蓄積して問題解決しましょう、などと言い出す人がいるから困る。
 
現代の科学で解けない問題や、科学を用いずに解いた方が早い問題は世の中に多数存在する。ビジネスの世界では大半がそうだ。電気粘性流体の耐久性改善問題では、増粘してだめになった電気粘性流体を200個の試薬ビンに入れ、その200個の試薬ビンへ全て異なる界面活性剤を添加し、一晩放置後、粘度が低下している試薬ビンがないか探しただけである。そして、たった一晩で答が出た。出た答についてその再現性や理論的こじつけを考えるのに3日かかり、企画書が出来上がったのは実験を始めてから5日後だった。

 
(注1)STAP細胞については、まだ、いろいろな条件を設定して行った実験でできなかった段階である。数学的帰納法では、すべての自然数で成立しないことを論理的に示すことができるが、自然科学の新しい現象について、すべての条件でその現象が起きないことを示すのは難しい。
(注2)今ならば、パワハラあるいはモラハラになるが、単なる肉体労働をすればよいとか、どうして頼んでもいないことを考えるのか、とリーダーに叱られたりした。当時は貢献したいと真摯に考えての行動だったが、理解されなかった。ゆえに「手伝い」という表現を用いている。実際には片手間の手伝いのつもりではなく、遅れていたテーマを強力にバックアップする意気込みで仕事をしていた。
(注3)ようだ、と表現したほうが適切かもしれない。お手伝いの依頼を受けた時には、界面活性剤を検討した結果について情報を頂けなかった。ただ、界面活性剤でできるのではないか、と依頼を受けた直後に応えたら、「そんな簡単な問題ではない、ゴムの配合を検討しなければいけないのでその開発要員だ。」と言われた。

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2016.01/04 高純度SiCの発明プロセス(5)

フェノール樹脂とポリエチルシリケートとのリアクティブブレンドは、フェノール樹脂天井材の開発初期に、技術が成功した、と報告書にまとめていた。この報告書にはシリカ超微粒子をフェノール樹脂マトリックスにナノ分散するための技術として書かれている。
 
ここに書かれた材料でも1000℃まで焼成すれば高純度のシリカと炭素の均一混合物を製造できるので高純度SiCの原料として使えないことはない(注1)。しかし、シリカのナノ粒子と言っても電顕で詳細に調べると粒度分布があり、SiC生成反応が不均一となる心配があった。(注2)
 
フェノール樹脂開発前に担当したポリウレタンの難燃化技術のテーマで、ホウ酸エステルとリン酸エステルとの組み合わせ難燃剤システムを開発していた。この技術は無機高分子のモノマーに相当する成分をポリウレタンに分散し、燃焼時の熱でこれらを反応させて無機高分子を合成するという画期的な方法である。この時に得られた実践知からも、ナノレベルの微粒子分散系と分子レベルで分散した系とは反応の均一性に差が現れることが予想できた(注3)。
 
実践知をもとに、いろいろ技術イメージを展開すると副生成物による弊害について思考実験で確認できた。すなわち、微粒子や分子状態の難燃剤を添加した様々な難燃性高分子をTGAで解析した経験から、理想と異なる微粒子を分散したSiC前駆体で生じる弊害を予想したのである。恐らくこれはファーガソンの著書「技術者の心眼」に書かれた心眼の使い方と同様と思われる。
 
そして、シリカと炭素が均一な反応で進行し、生成するβSiCの粒度が揃うためには、シリカが分子レベルで炭素に分散している構造が不可欠という結論が思考実験から導き出された。このような構造が得られるためには、フェノール樹脂とエチルシリケートとのリアクティブブレンドの段階で両者の高分子が相容し,コポリマーが生成しなければならない。
 
フェノール樹脂天井材の開発で行った実験では、形式知を動員してもイメージ通りにうまくゆかなかった(注4)。しかし、天井材の開発を完了後、技術の見直しを行ってみると、なぜか頭の中でうまく反応が進行してゆき、理想の技術を実現できそうな気がしてきた。すなわち、天井材の開発過程で遭遇した新たな現象から利用できそうな機能を取り込み思考実験を繰り返すことにより、フェノール樹脂とポリエチルシリケートを反応させた時に生成する、透明な液体が、中間体として合成されるイメージが具体化された。
 
しかしこの結論は、形式知から見出されたわけではなく、実践知の組み合わせによる思考実験から導かれたものであり、非科学的な見通しだった(妄想と言う人もいる)。
 
(注1)シリカ還元法によるSiC合成法では、シリカ微粒子とカーボン粉体を樹脂で固めてペレット化した原料が使用されている。あるいは、シリカ微粒子とカーボン粉末の流動層で反応を行っている場合もあるが、反応に必要なカーボン量の2倍から3倍の量のカーボン粉末を使用している。そしてSiC化の反応終了後、カーボンを燃焼させて除去しSiCを取り出しているが、その結果、シリカ不純物が生成するという問題を抱えている。ポリエチルシリケートとフェノール樹脂のリアクティブブレンドで生成したコポリマーを使用した場合にはほとんどカーボンを残さないようにしたSiC化の反応を行うことが可能である。2%前後カーボンが残っていても助剤として使用可能なので問題ではない。また、SiCウェハー生成用に用いる場合でも問題とならない。
(注2)この1年半後、無機材質研究所の留学から戻り、自作の熱天秤を用いて研究したシリカ還元法の速度論で見出された結果では、この前駆体を用いるとSiOガスが生成し、炉内を汚染するという可能性が示された。
(注3)燃焼している材料では急激に酸化が進んでいる部分とそうではない部分との界面が存在する。あるいは、あくまでも燃焼は気相で進み、燃焼が進んでいないところとの界面を仮定する場合がある。この界面で無機高分子が生成するとそれが耐熱層となり、酸化の進行を止める。この界面に無機高分子相が生成する現象は科学的に確認され実証実験にも成功している。高度な難燃性を実現するためには発泡断熱層の生成が重要と言われているが、発泡断熱層でなくても火を消す作用はある。
(注4)山中先生も、当初実験がうまくゆかず、悩んでいたが、学生の形式知からずれた思い切った実験で突破口ができた、と語られている。

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2016.01/03 高純度SiC発明プロセス(昨年末まで)における知

高純度SiC発明の基になった天井材開発について、当時を思い出しながら昨年末まで書いてきたが、フェノール樹脂の重合機構やポリエチルシリケートの加水分解速度に関する形式知は、当時の先端情報だった。それらの情報は高分子学会の年会でも、有機高分子と無機高分子として別々のセッションで議論されていた。しかし、この両者のポリマーアロイをπーπ相互作用の活用により完成された形式知としてアカデミアから発表されたのは、当方が技術開発に成功してから約10年後の1990年代のことである。
 
ゴム会社でCIが導入され会社創立50周年記念論文が募集されたとき、有機高分子と無機高分子の均一混合で実現された高純度セラミックスを武器に、ゴム会社が電子セラミックス分野に進出するシナリオを投稿していた。そのシナリオでは、フェノール樹脂とポリエチルシリケートから製造されたポリマーアロイが事業成功のためのキー材料という位置づけだった。
 
そしてこの製造プロセスとしてイメージしていたのは、ポリウレタンRIMで実用化され、その後研究が進み一部形式知がまとまっていたリアクティブブレンドである。この手法については特殊な事例の形式知が知られていただけだったので、その一般化は科学として完成していない状態であり、有機高分子と無機高分子のリアクティブブレンドは、まさに夢の技術だった。
 
しかし、50周年記念論文のシナリオ投稿後、運よくフェノール樹脂天井材の開発を担当することができ、このテーマでそのリアクティブブレンドに挑戦できる機会を得た。ただし、この時の実験結果は、シリカナノ粒子が均一分散した構造の材料となったが、実践知の蓄積を十分にすることができた。その結果、目標としていた有機高分子と無機高分子が反応し、均一なマトリックスを実現した有機無機ハイブリッドポリマーを思考実験で製造できるまでになった。
 
この思考実験は妄想に近い内容だったが、フェノール樹脂とポリエチルシリケートを混合した時に単一相の状態を作りだせれば、それが突破口になり、有機高分子と無機高分子のポリマーアロイを創りだすことができる、という明確なイメージをもつことができていた。
 
ところが天井材開発で最初に取り組んだのは、水ガラスからケイ酸ポリマーを抽出し、それをフェノール樹脂と混合して有機高分子と無機高分子の均一状態を作り出す作業である。そして、そのコストダウンの位置づけで、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂のリアクティブブレンドを検討している。これは思考実験と異なるプロセスであるが、その理由は企業で行う研究開発という制約に配慮したためである。
 
形式知が乏しい分野のテーマを推進する時に、効率を優先すると非科学的な業務プロセス(注)となるが、それを企業の研究所で真正面から扱うことは困難である(ヤミ研であれば許される)。少しでも科学的な香りの漂う実験を心がけなければ研究所では評価されない。それゆえ、形式知として公開されていたケイ酸ポリマーの抽出実験とそれを用いたフェノール樹脂とのポリマーアロイ合成という、周囲が科学的プロセスとして納得がゆく取組をおこなったのである。
 
天井材の開発では、有機高分子と無機高分子のリアクティブブレンド技術を頭に描きながら、それを実現するために必要な機能を商品開発で遭遇する現象の中で探索していた。断片的に公開されていた形式知をうまく利用しつつ、実践知の蓄積を行っていったのである。高純度SiC発明プロセスの後半ではフェノール樹脂の廃棄処理の仕事でさらに実践知を蓄積していった様子を書く。
 

形式知が乏しい分野では、管理された実験で新しい現象を作り出し、その注意深い観察により機能を取り出す努力が不可欠である。その過程で実践知の蓄積がなされる。
 
(注)iPS細胞の研究では、ヤマナカファクター発見のために堂々と非科学的プロセスが採用されている。
 

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2016.01/02 3種類の知識

知識には科学で代表される形式知と経験から獲得される実践知や暗黙知が存在する。20世紀は科学の時代ともよばれ、形式知一辺倒の時代だった。1960年代末から始まった研究所ブームがそれに拍車をかけ、企業でもアカデミアと同様な細分化された知の獲得競争が、あたかも陣取りゲームのように行われた。
 
そして新たに見出された形式知を基に新たな技術開発が行われ、様々な価値が企業から提供された。しかし、20世紀末の情報革命は、形式知の公知化速度を速め、企業の研究所で開発された形式知の独占期間を著しく短縮化した。また、細分化の方向に進んだ科学は、体系の緻密さを可能としたけれど新しい形式知の創出を困難にしていった。
 
科学の良いところは、真理が一つと決まっている点と新たに見つかった真理が過去の真理の上に緻密な論理で結合されている点である。だから科学教育を受けた誰でもが形式知の塊である技術を容易に理解できる。その結果、リバースエンジニアリングも活発に行われ、特許で技術が守られているといっても、新たな機能と組み合わせの新規性で特許を回避した新商品の市場参入を許すことになった。
 
例えば液晶TVや太陽電池のような高度な形式知の塊の商品でも短期にコモディティー化する時代である(注1)。すなわち現代は、単なる形式知の組み立て技術で実現された商品は、戦略を工夫しない限り、新しく見出された形式知を用いたとしても高々20年の市場独占が許されるだけで、すぐにライバルとの価格競争に巻き込まれてしまう。
 
科学による問題解決法では誰でも真理にたどり着くことができ、そのたどり着いた形式知を共有化するのも容易である。すなわち、科学は技術開発の効率を上げたが、企業に技術の独占という力を与えなかった。それどころか、形式知を重視した結果、実践知や暗黙知が軽視され、リベール容易な技術を生み出すことになった。
 
衆知のように、科学と技術の目標は異なり、技術では自然現象から新しい機能を取り出して、新しい価値を創造できれば、それだけでよいのである。その時、現象が形式知で記述されていなくても実践知や暗黙知で理解できれば技術を商品に創りこむことが可能になる。
 
例えば年末まで連載で書いてきた高純度SiC合成技術の基になった、フェノール樹脂発泡体でできた天井材では、難燃化と高靱性化という機能が求められた。材料の難燃化では、その直前まで担当していたポリウレタンの難燃化技術開発で獲得した実践知が重要な役割を担っていた(注2)。難燃化手法だけでなく実験計画法を工夫した手法は、当時形式知で説明できなかった。
 
実践知を躊躇なく技術開発に用いることができたのは、理論派であった指導社員が教えてくださった「高分子材料の形式知が貧弱」という事実である。徹底して混練ノウハウを伝授していただいたが、カオス混合は当方の宿題とされた。人生とは不思議なもので、ゴム会社でセラミックス事業を起業することになり、カオス混合の開発をあきらめていたが、退職直前に担当した電子写真機用樹脂部品開発で開発「しなければいけない」状況になった。
 
30年前の実践知と暗黙知を活用し無事開発できたその技術は、10年経った今でも無事トラブルなく稼働している。そして、カオス混合という形式知で解明されていない特殊な混練技術でブラックボックス化されたコンパウンドが安定に生産されている。このコンパウンドは、χが大きなポリマーアロイであり、形式知であるフローリー・ハギンズ理論では理解できないので、リバースエンジニアリングが難しい技術になっている。
 
(注1)技術の流出が騒がれたりしているが、亀山ブランドのシャープが苦境に立たされているのは、技術に占める形式知の比率が高いためだ。また、製造設備の展示会にゆくと、誰でもお金を出せばその設備を購入することができ液晶TVの製造ラインを作れそうな状態である。ブラックボックス化された技術が無い状態の事業が液晶TV事業である。
(注2)当時日本のトップであったゴム会社の研究所は、アカデミアに近い状態の思想とその会社のDNAに基づく実践知と暗黙知の活用を認める思想のせめぎ合いが存在した。新入社員のスタートが後者の思想の指導社員だったのは幸運だった。ところが、この指導社員とは3ケ月間しか仕事ができず、その後担当したポリウレタンのテーマでは、科学こそ命と言う主任研究員の指導の下、学会発表や論文執筆をさせられた。大学院を修了して間もない小生にはありがたい仕事でもあったが、ゴム会社に入社後1年間で強烈なカルチャーショックを受けていたので、心中複雑であった。また、高分子の難燃化は形式知で語れる部分が少なく(それゆえ形式知による論文は書きにくい)、実践知や暗黙知の占める割合が大きい。実火災など未だに形式知だけでは説明ができない。実践知で偶然見つかった現象を科学的に解析し、形式知の成果で材料設計されたお餅のように膨らむポリウレタン発泡体は、実火災では燃えやすいが、規格に基づく燃焼試験では燃えないという奇妙な商品を生み出した。上司である主任研究員の自慢の成果であったが、こっそりと極限酸素指数を測定し19(空気中で良く燃える材料である)であったことでびっくりした。あわてて問題提起をしたところ、「難燃化技術とは燃焼試験規格に通過する商品を作ることであり、君はまだ実務をよくわかっていない」と妙な指導を受けた。この指導は形式知の視点では正しいかもしれないが、消費者の求めている品質と異なり社是に反する考え方だ。この主任研究員とは、形式知と実践知の戦いのような状態の人間関係になった。その後市場で火災が多発しこの天井材が問題となり、当時の通産省が燃焼試験規格(形式知100%の規格だった)を見直すことになった(新しい規格は、実火災に近づけるために実態に近い試験方法が規格になった。当方はそのお手伝いを担当でき光栄であった)。そしてフェノール樹脂天井材の開発、という仕事を担当することになった。

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2016.01/01 新たな事業

明けましておめでとうございます。
今年、弊社は創立5周年を迎えます。何とか5年間、会社組織を維持することができました。弊社は電子出版を事業としてスタートしましたが、昨年度大手の撤退が続いたように、なかなか事業環境は難しく、早々に事業を再構築するため「未来技術研究所(www.miragiken.com)」をスタートさせました。
 
このホームページには、電子出版サイトよりも多くの方の訪問があり、事業の進め方の方針を見直すことができました。また、新たな弊社の顧客開拓にも成功いたしました。弊社では、未来技術研究所のように技術から芸術まであらゆる新しい価値の創出を狙っています。
 
今年は、新たにカオス混合装置の設計と販売を行うことになりました。このカオス混合装置につきましては、2014年6月に高分子学会から招待講演を受けた混練の新技術を具現化しました装置で、二軸混練機の先に、あるいは押出機と押出用ダイの中間に取り付け、カオス混練を行う装置です。
 
細いスリットと広い空間の組み合わせ構造体へ高分子組成物を通過させることにより、引き伸ばしと折り曲げによる混練を進めるカオス混合を実現できる装置ですが、大変簡単な仕組みであるにもかかわらず、混練効果が高い面白い混練機の補助装置です。しかし、その設計にはノウハウが必要なため、弊社が小平製作所と提携し、混練のソフトウェアーとハードウェアーを一組で事業を展開することになりました。
 
現在実験用二軸混練機もセットで販売できるように準備中ですが、とりあえずカオス混合装置から販売を開始しました。もし現在の混練プロセスでお困りの方は、お問い合わせください。
 
当初弊社では無形の価値を販売する事業を考えていましたが、今後は無形の価値を実現できる実体の販売も併せて行いますのでご期待ください。
 
1980年頃から飽食の時代と言われ、バブル崩壊後は失われた10年、それが20年と続き、今新たな成長の段階に入った、と言われています。衣食住は満たされ、価値の多様化そして新たな価値として「こと」が注目されたりしましたが、社会が成長し続けるためには、常に新たな価値が提供されなくてはいけません。
 
社会に新たな価値が提供され、それにより経済が活性化されて、GDPが上がってゆくと単純に考えますと、新たな価値の提供者こそ今求められています。団塊の世代の退職が始まった10年ほど前から、退職者による起業が増えてきたそうですが、弊社を含め新しく生まれた会社から日本の経済を牽引できるような企業が成長いたしますと、安倍政権のGDP目標600兆円の実現が可能になるかと思います。
 
先に述べましたように、新たな価値を皆様に届けられるように、弊社はソフトウェアーとハードウェアーを一体にして販売する新たな事業を今年始めます。この事業でお客様が新たな価値を創出し、日本の経済成長に貢献できるよう今年もがんばりますのでよろしくご支援お願いいたします。

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2015.12/31 高純度SiCの発明プロセス(4)

フェノール樹脂へアモルファスシリカとリン酸エステルを均一に分散したフェノール樹脂発泡体技術で一番難しかったのは、アモルファスシリカの分散方法である。高分子へアモルファスシリカを均一に分散する技術は、ゴム会社に実践知を有する人が多くいたので問題解決そのものは容易だった。
 
ところが、形式知ならばすぐに技術ができあがるのだが、実践知や暗黙知を活用して技術を組み立てるときには、再現性の問題あるいは技術の安定性の問題、いわゆるロバストの問題との格闘になる。そして、実験室スケールにおける技術のロバストと生産スケールにおける技術のロバストが異なれば、生産立ち上げに苦労することとなる。
 
実験計画法からリン酸エステル系難燃剤とアモルファスシリカとの間に交互効果が存在することが示され、この効果のロバストが低かったので量産化の際に技術の微調整が必要だった。しかし、それでも計画に遅れることなく開発から1年程度で技術移管できたので、無機材質研究所の留学を控えた立場では、計画通りできたことよりも留学準備の時間に余裕ができたことが一番うれしかった。
 
業務移管が無事完了し、開発に使用した様々なフェノール樹脂を処分することになった。社内の廃棄処理施設で処理するには、液状物をすべてゲル化させる必要があった。これはフェノール樹脂と酸触媒をかき混ぜてゲル化させる単純作業である。
 
天井材開発の初期に、フェノール樹脂とポリエチルシリケートとの混合で相分離してうまくゆかなかったことが気になっていた。フローリー・ハギンズの理論、すなわち形式知からすれば当たり前だが、ポリエチルシリケートが分解したときに生成するシラノールの反応速度はイオン反応よりも遅いので何とか工夫すればリアクティブブレンドできる可能性がある。
 
すなわち、フェノール樹脂とエチルシリケートとの反応バランスを取ってやれば、RIM技術のようにχの異なる高分子でも均一に相溶させることができる(実践知)。フェノール樹脂の反応速度やポリエチルシリケートの加水分解速度の情報はモデル反応において知られており、それらの形式知の情報を見る限り、RIMのようなシステムができると推定された(技術の大半が実践知であっても、20世紀にできあがった技術には形式知の部分が必ず存在し、その形式知の類似性から新しい技術の成功確率を予測可能である。また、材料技術では、少なからず実践知の部分が必ず存在する。例えば高分子の難燃化技術や混練技術は実践知の部分が多い。)。
 

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2015.12/30 高純度SiCの発明プロセス(3)

フェノール樹脂にナノレベルのシリカを分散する手段としてポリエチルシリケートを使用する必要はなく、フィラーとして販売されている安価なアモルファスシリカを使えば良い、というアイデアはすぐにひらめく。しかし、フェノール樹脂の難燃性改良をどのように実現するのか、という問題は未解決のままである。
 
この問題については、樹脂の難燃化技術の定石通り、リン酸エステル系難燃剤を使用すれば良いのでは、ということになり、アモルファスシリカとリン酸エステル系難燃剤の組み合わせでクラチメソッドによる実験計画法を行った。このクラチメソッドとは、タグチメソッドが日本で知られていなかったときに、当方が開発したメソッドである。
 
ゴム会社では入社すると技術者全員統計的品質管理の通信教育を受けさせられた。そしてその受講修了後、日科技連が推進していた同様のタイトルのBASICコースを一年受講する、というカリキュラムで統計的品質管理手法と問題解決法を徹底的に身に着けさせられた。さらに実務でそれらを活用することが義務になっており、研修課担当者のフォローがさらに一年間あった。
 
ところが、せっかく学習した実験計画法であったが、実務でうまく結果が出ない場合が多かった。しかし、うまくできない、手法がおかしい、などということは受講直後正直に言えない。会社が1名当たり50万円前後の費用をかけて新入社員の教育に採用している統計手法である。定年退職するまでこの会社で仕事をしてゆこうと決心していた当方は、実務にうまく使用できない手法を前にして悩んだ。そこで考案したのがクラチメソッドだった。
 
当時習った実験計画法では計測値をラテン方格の外側にそのまま割り付ける方法である。このラテン方格の外側にわりつけられた計測値のかわりに、タグチメソッドの感度に相当する相関係数を割り付けて実験したのだ。すなわち、改善効果を相関係数で評価するようにしたらどうなるか、と工夫して実験計画法を使ってみたところ、どんぴしゃで良好な制御因子の組とその値が見つかるようになった。
 
当方は会社の研修で習った手法を用いて問題解決できればよく、当時それがどのような理由でうまく改善できる仕組みになっているのか深く考えなかったが、ちょうどその時田口先生がタグチメソッドを開発されていた時代(注)でもあるので、無駄なことを考えなくて良かったと思っている。
 
 さて、シリカ変性フェノール樹脂天井材の開発では、外側に割り付ける信号因子は、シリカ量を変量したときの極限酸素指数あるいは脆性の値を用いる場合が多かった。この時極限酸素指数の測定方法も便利に測定できるように改良し、会社から改善提案賞を頂いている。これはゴム会社で貢献を認められて頂いた唯一の賞である。(高純度SiCの事業化では随分と貢献したつもりであるが、----。)
 
(注)1979年に経営工学シリーズ18として田口先生の「実験計画法」が日本規格協会から発刊されている。その本に書かれた分散分析の手法に損失関数の記述がある。当時企業では、日本科学技術連盟の統計手法が企業内教育で使用されており、そこには損失関数の概念は述べられていない。当時実験計画法だけでも数冊本を買い込んだが、この田口先生の書籍が一番読んでいて面白かった。但し、この書にはタグチメソッドは書かれていない。

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2015.12/29 高純度SiCの発明プロセス(2)

昨日の続きで、フェノール樹脂天井材の開発について。
フェノール樹脂天井材の開発は、難燃性評価用の炎から逃げるように膨らみ合格した可燃の硬質ポリウレタン発泡体に置き換わる商品として企画された。国内で多発した火災の反省から評価法が見直され、難燃性の規格レベルも高くなり、ポリウレタンではゴール達成が難しいので、フェノール樹脂が選ばれた。しかし、フェノール樹脂でも発泡体になると難燃性能が著しく低下するので新しい技術が要求され、無機高分子で変性する技術を提案した。
 
最初に検討したのは、ケイ酸ソーダから抽出したケイ酸ポリマーの変性効果である。これは当時発表されたばかりの研究成果があり、形式知により良い結果が出ることが見えていた。すなわち、可燃性の有機成分の一部を無機成分で置換すれば、単位重量当たりの発熱量は必ず少なくなる。発熱量が抑制された結果、不完全燃焼となり炭化促進されるという仮説があった。また、無機成分として用いるケイ酸ポリマーの抽出方法もセメントの分析技術として公開されていた。
 
この実験結果は仮説通りになり、無機成分が多いほど難燃効果が高かった。また、フェノール樹脂そのものが炭化しやすい樹脂だったので、ケイ酸ポリマーを増加すれば燃焼後も構造材としても使用可能なレベルの材料ができた。しかし、問題となったのはTHFやジオキサンを使用してケイ酸ソーダからケイ酸ポリマーを抽出するプロセスである。
 
作業環境に悪い有機溶媒を使用するだけでなく、抽出過程も考慮すると、かなりのコストアップになりそうだった。そこで当時半導体用途で市場に出回り始めたポリエチルシリケートに着目した。この化合物は、テトラエチルシリケートを加水分解し、重合させた液状のケイ酸ポリマーの重合体である。タンクローリーで購入すればkgあたり800円という難燃剤として捉えると安価な価格であった。
 
しかし、実験を始めてすぐに挫折した。フェノール樹脂と混合するとすぐに二相に分離するのである。また、混合攪拌し二相に分離する前にフェノール樹脂を硬化させようと酸触媒を増加させると、ポリエチルシリケートが加水分解し、シリカとして沈殿し、その形態でフェノール樹脂に分散して狙った効果が得られないのだ。
 
仮説から期待された実験結果は得られなかったが、この時思わぬ発見をした。超微粒子が分散したフェノール樹脂の脆性が著しく向上するという複合材料の形式知どおりの材料が得られただけでなく、燃焼試験後の炭化したサンプルの靱性も向上しており、難燃効果は小さかったが、燃焼前と燃焼後の力学物性改良技術として使える成果だった。
     

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2015.12/28 高純度SiCの発明プロセス(1)

現在でもゴム会社で続いている異色の半導体事業の心臓部の技術である高純度SiCの合成技術は、形式知よりも実践知や暗黙知の占める割合の高い技術だ。会社を創業してから外国からの問い合わせがあったり、最近は国内のメーカーからこの技術に関係した特許出願があったりと少しブームの兆しがあるように思われる。
 
高純度SiCの注目されている本命のマーケットはパワートランジスタの領域で、ハイブリッド車や電気自動車に必要なインバーターの重要部品である。すでに市場が立ち上がり始め、川上では6インチウェハーの生産が開始され、川下では高級オーディオアンプにも普及し始めた。
 
オーディオアンプへの普及は、高純度SiCの開発に成功した時に一番最初に思いついた分野である。1980年初めにすでに高級オーディオ市場ができつつあり、パワートランジスタのニーズが見えていたので期待した。
 
また、ゴム会社の基盤技術として音や振動分野を制御する技術開発が活発に行われていた時代であり、音の見える化技術やその評価技術を用いた新幹線の騒音対策壁デルタの発明などオーディオ市場につながりそうな気運が社内にあった。また、その技術の担当者の一人は定年退職後オーディオ専門店を始めている。
 
パワートランジスタへの夢を育てる環境はあったが、実際にその夢を会社へ提案するきっかけは、既にこの活動報告に書いたように、社名からタイヤを取り除くCIの導入時に行われた創業50周年記念論文の募集である。
 
この記念論文に応募する時、フェノール樹脂天井材の開発を担当していて、フェノール樹脂へ水ガラスから抽出したケイ酸ポリマーを相溶させたり、その技術の発展形としてポリエチルシリケートの相溶を検討したりしていた。この時は、科学的方法こそ技術開発の王道という時代で、形式知100%のアプローチだった。
   

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