福島原発の事例を考えてみる。津波は想定できなかったので天災である、とする見方は正しいだろうか。海辺に建設された原発で津波の被害ゼロはありえない。万が一のことまで考えて安全対策をとるのが原発建設で重要なはずである。津波が起こりうることまで考え、防波堤を築いたならば、その”防波堤の効果が無かった時の対策”まで考えなければならない。その対策が講じられて初めて万全な津波対策になるのではないか。
津波を想定していたから防波堤を作ったはずである。津波の高さはあらゆる地震を想定して決められなければならない。科学的な発生確率ではなく、想定される地震の規模の上限が大切である。これまで世界で発生した地震の最大規模でどれだけの津波になるのか分からないが、そのような時に発生した津波に備えておれば今回の事故は起きなかった。
一度事故が発生すれば取り返しのつかないことになるのが原発事故の特徴である。化学工場の爆発とは異なる、ということを考えて対策をとらなければならなかったはずだ。原発では事故発生確率0が目標と言われている。さらに福島原発では津波対策だけでなく、その後事故を大きくしたお粗末な問題が存在する。例えば、全電源喪失という事態となり、電源車を集めたところコネクターが合わず緊急事態に対応出来なかったとか、内部を観察するセンサー装置のコードが外れていたとか、信じられない凡ミスが報道されている。
外部電源を取り入れる準備ができていながら、コネクターが合わず機能しなかった、という問題で責任が問われないのは不思議である。津波の事故に限らず、全電源喪失という事象を考えたからこそ外部電源取り入れの準備をしていたのである。しかし、そのコネクターが合わなかった問題は、人為的ミスなので必ず責任が問われなければいけない。事故を大きくした原因は全電源喪失にあるとした見方がある。その視点に立てば電源車のコネクター問題は大きな問題のはずである。
福島原発の事故で誰も責任をとらないとしたならば、国民は政治不信となるであろう。少なくとも被害に遭われた方々は納得しない。防波堤の高さだけでなく、被害を大きくした人為的ミスも幾つか報道された。一方でこれだけの大事故を一人の責任者で責任が負えるのか、という意見も出てきている。
もしも、を考えてみても福島原発の問題は解決しないが、もしも電源車のコネクター問題が無かったならば大きな事故にならなかった、という仮説をあえて考えてみる。すると現場の技術者のモラールの問題が見えてくる。もし現場の技術者のモラールが高かったならば外部電源のコネクターの重要性をよく考え、あらゆるコネクターと互換性をとれる設備を提案していただろう。現在までかかった費用を考えるならば、あらゆるコネクターを用意する費用は大した金額ではない。過去の実績ではそのための費用は1万円以下であった。
かつて高純度SiCのパイロットプラントを建設したときに、高電圧電源のコネクターが複数存在するだけでなく呼び方も複雑であることが建設途中でわかった。すでに設備を発注した後で、あわてて仕様の再確認を装置メーカーへお願いした。それでも万が一に備え、高電圧のコンセントに適合するあらゆるコネクターを一組準備した。現場の担当者の発案である。そしてその準備は無駄にならなかった。再確認まで行っていたので装置メーカーがお客のために準備していてもよいケースであるが、某メーカーの納入された装置についてお客の準備したコネクターが役立ったのである。それは最も大きな設備であったので、お客の立場を主張し当日コネクター準備をお願いしていたら工期が1日延びた可能性があった。想定されることにすべて備えるのは成功する技術開発で大切なことである。科学的に発生確率が低いから準備をしない、というのは技術開発では許されない。準備不要が許されるのは、科学的に発生確率が0の場合だけである。
<明日へ続く>
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研究開発マネジメントに関する著作は多い。しかし現実の悩ましい問題を解決してくれる指南書を見たことが無い。理想的なマネジメントを行うことができたとしても、そのマネジメントの成否は開発現場で生み出される成果に左右される。開発担当者のマインドが不健全な場合には成功する技術開発を実践することは難しい。昨今はゆとり教育を受けた若者が開発現場に増えてきている。彼らのクールな目をどのように熱くするのか、難しい問題がある。
成功する技術開発で一番大事なことは、モデルでも良いから開発の初期段階でゴールに相当する“モノ”をまず造ってみることである。不完全でも良いから世間の技術を駆使して“モノ”を造ってみて開発の難易度を予測することである。現在世の中にある技術を駆使して“モノ”を造ろうとして“モノ”ができなければ、3年経ってもできない、と考える。不完全でも一応機能する“モノ”ができれば、あとは時間とコストの問題である。企画段階で何とか”モノ”ができたならば、時間とコストをかけて必ず造ることができる。時間とコストの問題に持ち込めれば技術開発の成功予測をしやすくなる。コスト削減が困難であれば企画を中止する。時間はマンパワーで調整可能である。
必ずできる技術手段を一つ見つけることができれば、技術開発シナリオを考えやすくなる。但し、この技術開発シナリオを考える時に、必ずできると思われる技術手段が失敗したときのことも考えなければならない。全く異なるコンセプトの技術手段を考えても良いし、コンセプトが同じアイデアでも構わない。とにかく2つ以上の技術手段を用意してシナリオ作りをしなければならない。弊社の研究開発必勝法ではそのシナリオの作り方も指導している。
この技術開発シナリオで大切なことは現場に密着したシナリオを作ることである。ロードマップとは異なる発想が必要となる。市販の研究開発に関する指南書の中にはロードマップを重視している考え方があるが、研究開発の成否が現場の成果に左右されることを考えると現場に密着したシナリオの重要性がわかる。マクロな経済の動きも研究開発に影響を与えるが、研究開発にまつわる経営環境の問題は多くの書籍で取り上げられている。しかし多くの書籍で取り上げられている注意を払って、完璧と思われるマネジメントを行っても失敗する”不思議な失敗”が存在する。
成功する技術開発では、不思議な失敗を無くすことが大切で、外部要因の失敗は、もし企画段階で充分な解析が行われていたのなら避けられない失敗とあきらめるべきだろう。他社の技術開発に携わっている方と研究開発マネジメントに関する議論をしたときに、世間に不思議な失敗例が多いと感じた。外部要因の変化等明確な失敗は残念であるが誰でも納得する。しかし、不思議な失敗は開発担当者のモラールを下げる。
研究開発マネジメントが悪くても成功例はある。それらはすべて現場の努力の成果である。現場の努力の成果を引き出すマネジメントが重要で企業風土以外にも現場のスキルといった課題がある。
<明日へ続く>
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製品化を半年後に控え、絶縁体の樹脂と6ナイロン樹脂、カーボンの配合系について思い切った施策を打てる状況になった。6ナイロン樹脂とχの小さいナイロン樹脂の併用系はコンパウンド納入メーカーに任せておけば仕事は進む。6ナイロン単独系で得られている実験結果は科学的な視点で電気特性を均一にできても6ナイロンのドメインサイズを小さくできないので靱性の低いシートとなる。許されている技術手段はコンパウンドの購入先変更、すなわちコンパウンドのプロセス変更という手段だけである。
現場で許されている技術手段の中で最大限の努力をする。これは成功する技術開発のために重要な姿勢である。32年間の技術開発経験の中で上司の指示で残念ながら手を抜かざるを得ない状況(注)もあったが、最大限の努力を行った時には必ず何か得られた。不思議なことに真摯にその技術を追究すれば必ず何か報われた。成功体験は重要と言われるが、2-3度経験すると手を抜かざるを得ない状況以外一生懸命努力する習慣がつく。企業風土も影響するが、技術者の育成過程で成功体験を積ませることは大切なことである。裁量権の与えられたテーマをすべて成功することができたのは成功体験によるところが大きい。
6ナイロン単独系ではプロセス開発以外に技術手段は残っていなかった。中古の二軸混練機を購入し検討を始めた。二軸混練機の運転は初めての経験であった。スクリューのセグメントは最も剪断力のかかるセグメントに設定しコンパウンドの開発を始めた。2000年頃に高分子精密制御プロジェクトが国研として推進されたが、その時伸張流動が樹脂の混練で重要と言われ、ウトラッキーの伸張流動装置(EFM)も検討された。EFMは、量産に対応出来ない装置であったが、伸張流動でナノオーダーまで混練が進むことが確認された。世間で伸張流動に注目が集まった。
伸張流動を重視したセグメント構成が当時の流行で剪断流動を重視したスクリューセグメントは時代遅れともコンパウンドメーカーの技術者から教えられた。しかし、それでも剪断流動を重視したセグメント配置にこだわった。理由は混練効率が高いからである。カーボンブラックの分散を行うには剪断流動が必須と新入社員の時にゴム会社で習った技術の教えを忠実に守った。
混練温度とスクリュー回転数、投入量などを因子にL18実験を行い、得られたコンパウンドの写真を見たところ、外部から購入していたコンパウンドとカーボンの分散状態が変わっていた。外部から購入したコンパウンドの高次構造はやや微細に見えたが、カーボンブラックだけに着目してみると外部から購入していたコンパウンドでは、6ナイロン相にカーボンブラックが取り込まれていなかった。しかし中古の混練機で分散した場合にはナイロン相にカーボンブラックが取り込まれ、その相は大きかった。
完全ではないが、二軸混練機でもバンバリーで混練した場合と類似した高次構造のコンパウンドが得られることが分かった。コンパウンドを購入しているメーカーの技術者から素人の考えと一笑にふされた混練条件ではあったが、あるべき姿に近い構造のコンパウンドが得られる感触を得た。さらにカオス混合にも挑戦した。技術の詳細は弊社に相談して頂きたいが、二軸混練機でもカオス混合と類似の混練ができる。
驚くべきことに、絶縁体樹脂と6ナイロン樹脂はχが大きいにもかかわらず、透明な溶融体樹脂が吐出口から出てきたのである。その条件でカーボンブラックを添加してコンパウンドを製造したところ、あるべき姿と一致した高次構造を有するコンパウンドが得られ、そのコンパウンドを用いて半導体シートを製造したところ、電気特性の均一性が極めて高いシートが得られた。さらにシートの延伸条件を調節すると抵抗調整を1ケタの範囲でできることが分かった。
すなわち科学では否定的な答しか得られない配合でも技術で問題解決できたのである。さらにその問題解決手段では、必ず成功すると思われ外部メーカーに依頼していたコンパウンドよりも品質が高い半導体シートを容易に製造することができた。外部メーカーに依頼していたコンパウンドの場合、品質は劣り歩留まりは悪いが、一応製品仕様を満たす半導体シートを得ることができた。短時間の開発ではあったが、思い切った施策で、失敗すると懸念されたテーマが大成功の成果を生み出した。
<明日へ続く>
(注)研究開発管理を厳しく行うと成功とはほど遠い結果となる場合がある。組織活動において現場の担当者は上司に従わなくてはならない。技術開発では現場担当者の裁量をある程度認めたマネジメントが好ましい。なぜなら最新の実験情報に最初に接するのは現場の担当者である。
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本来中断すべき判断が正しい、と思われる状況でもその判断が出されず、研究開発が続けられる場合がある。いろいろな原因がそこにはあるが、技術内容の共有化という作業が難しいこともその一つである。
例えばポリマー電池だから軽量化でき、将来の電気自動車用二次電池として有望といって学会賞を受賞後、研究企画を行った受賞者が転職した事例が存在する。その後二次電池は比重ではなくエネルギー密度が重要とわかり、ポリマー電池では勝ち残れないとの判断で事業は中断された。学会賞目的に事業として難しい企画をプレゼンテーションスキルの悪用で提案してくる輩もいるのである。技術開発を中断するのか進めるのかは、容易に判断できるケースばかりではない。
企画担当者が科学的なウソで固めた企画を提案してきたときには、ウソを見破らない限り正しい経営判断を出せない。ウソとまでいかなくとも都合の良いデータだけで説明する輩もいる。本来企画担当や実際に研究開発を担当している人は経営者のことも配慮して研究開発を推進すべきであるが、理想とかけ離れた現実が稀にある。
ゴム会社で半導体用高純度SiCを開発したときに一人で苦しくとも死の谷を歩き続けたのは先行投資をしてくださった経営陣の期待に応えるためであった。このような真摯な姿勢は必ず後継者にも伝わる。その結果30年事業が続き、技術の基本となるアイデアを実現し事業立ち上げまで行った企画担当者がメンバーに入っていない学会賞の受賞例も存在する。しかしいつでもこのような真摯な姿勢の企画担当者ばかりではないのである。
科学的に考えると中断しなければならない状況でも開発が続けられている時にどうするのか。このような状況では技術で開発をやり遂げる道を担当者は必死で考えなければならない。6ナイロン樹脂の6をとった一般のナイロン樹脂を使うという技術的発想が認められなければ、例えば他の技術手段である6ナイロン樹脂と他のナイロン樹脂との併用を承認してもらえるように目指すのである。この時、6ナイロン単独系での検討も進めるが、併用系も了解して欲しい、と検討会議で提案すれば”NO”という判断は出ない。製品化を半年後に控えて成功確率の高い技術手段を選ぶ、という選択を有能な経営者であれば誰でもする。
6ナイロンを使用した時に6ケ月後成功する場合と失敗する場合の2つのケースを示し、失敗するケースについてナイロン樹脂を同時に添加した系で成功に導く、と説明すれば製品化間近なのでその意見に反対する経営者はいないはずだ。
この後、研究開発の進め方は真摯な担当者とそうでない担当者に分かれる。科学的視点から6ナイロン単独系ではうまく行かない、と思われるので実験計画から外す、という考え方は不誠実である。たとえ6ナイロンと絶縁体樹脂に相溶しうるナイロン樹脂との併用系の検討が科学的見地から成功への近道と分かっていても、6ナイロンでもうまくいく技術の可能性を現場の担当者は最後まで真剣に考えなければならない。それが企業の技術者としての義務である。科学的にだめだ、と思われても技術の可能性を真摯に追求しなければいけない。ただし熱力学的に完全に不可能と判断が出されている永久機関のようなテーマはこの限りではない。しかしすでに説明したように世の中の科学的理論の中には怪しいものが存在するので技術者は科学的理論の正しさを実務の中で検証してゆくという姿勢をとる必要がある。
ワークライフバランスなどの考え方やサービス残業に対する批判から労働者の時間管理が厳しくなっているが、テーマ検討会議で検討課題にあげた以上可能性が低いと思われても最大限の努力をするのである。時にはヤミ実験も必要になる。
ナイロン樹脂併用系を認められた以上失敗の可能性は無くなったのだから、6ナイロン単独系の技術開発はだめでもともとと、大胆なアクションをとることが可能である。製品化半年前に技術的な“博打”を打っても良いようなチャンスが生まれた。また、最初に”モノ”を作り成功する道筋も用意できているので挑戦的なアイデアを失敗しても製品化計画への影響は無い。技術の挑戦をするのは今しかない、という状況を作り出す研究開発マネジメントは、新しい技術を生み出したいときに有効である。
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フローリーハギンズの理論を確立された理論として信用すれば、ドメインサイズを小さくするナイロン樹脂を選択するとは、絶縁体樹脂とブレンドしたときにχが小さくなるナイロン樹脂を選択するという意味である。ここでナイロン樹脂に制限する理由は、前任者から業務を引き継いだときに、絶縁体樹脂と6ナイロン樹脂、カーボンブラックという配合を変更することができない状況だったから。もしこの制限が無ければナイロン樹脂にこだわる必要は無い。配合処方にまったく制限が無い状態が最も研究開発を進めやすい状況であるが、ここではいろいろ制約がある場合の技術開発について考えるための例として配合処方の制限を取り上げている。配合処方の制約は材料開発を行うときにかなり厳しい制限事項になる。
χが小さいナイロン樹脂を選択し半導体シートを作成したところ、6ナイロン樹脂を用いたときと同様に電気特性が安定したシートが得られただけでなく、期待したドメインサイズも小さくなっており、靱性の向上したシートが得られた。すなわち材料のあるべき姿を明確にして、それを実現できる技術手段を選択し実行したところ期待通りの製品ができたのである。しかも絶縁体樹脂とナイロン樹脂、カーボンブラックという配合の制約の中で実現できた。当初6ナイロン樹脂の6がとれた状態ですよ、と関係部署の承認を得ようとしたが、6ナイロン樹脂とナイロン樹脂の違いが問題となった。6が無いだけだ、という説明ではさすがに説得できなかった。
ここでさらに4をつけて4,6ナイロン樹脂ではダメか、という議論をしてはいけない。周囲の雰囲気を考慮し、周囲に受け入れてもらえる現実的な選択肢を提案すべきである。ちなみにフローリーハギンズ理論によれば、6ナイロン樹脂よりも4,6ナイロン樹脂のほうが今回の系ではχが小さくなる。調整の仕方をあせってブレークスルーできる手札を否定されるような失敗をしてはいけない。事業を成功に導く技術手段を周囲に受け入れてもらえるようにうまく表現しなければならない。
多くの会社では1990年以来ステージゲート法類似の方法で研究開発管理を行っている。研究開発の各段階で評価する項目が決められており、処方変更が許されるのは開発の初期段階である場合が多い。すなわち機能材料において処方変更は全く異なるコンセプトの技術手段となるためだ。今回の開発では、コンパウンドを外部から購入することが前提となっており、配合は開発の初期段階で決めなければならない。開発の終了段階で許されるのは購入先変更だけである。
思い切って開発初期段階に戻す、という判断は、製品化時期を半年後に控えた状態では、経営への影響が大きい。しかし、フローリーハギンズ理論を信じる限りにおいては、配合の変更以外に技術手段は存在しない様に見える。技術経営の考え方がうまく機能しておればこの場合の判断は開発中止になってもおかしくない状況である。しかしそうならない状況がしばしば生じるので研究開発のマネジメントは長年のテーマとなっている。単純にマネジメントの問題という一言では解決できない。企業の技術者が技術以外のスキルを要求される理由でもある。
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絶縁体樹脂と6ナイロン、カーボンブラックの3種類を混合し、抵抗偏差が小さい、すなわち電気特性が均一な半導体シートを安定に製造するためのあるべき姿を考える。すでに説明したようにカーボンブラックの抵抗は10Ωcm未満と低いために絶縁体樹脂中でパーコレーション転移が生じると10の3乗から4乗Ωcmまで絶縁体樹脂の体積固有抵抗は下がる。これを回避するにはカーボンブラックは弱い凝集体を形成して材料に分散していなければならない。弱い凝集粒子の作り出すドメインの体積固有抵抗が10の4乗から5乗Ωcm程度になれば、この凝集粒子でパーコレーション転移が生じても急激な抵抗変化は生じないので、10の9乗Ωcmの体積固有抵抗の半導体シートを安定に製造することが可能である。
カーボンブラックの弱い凝集体がそのような抵抗になるのかどうかを確認したければ、カーボンブラックを絶縁体の錠剤成形機にいれて、体積固有抵抗の圧力依存性を計測する実験を行えば良い。この実験を行うと、体積固有抵抗と粉末にかかる圧力との関係を示すグラフが得られ、粒子の凝集状態で体積固有抵抗の変化する様子を示唆するデータが得られる。実際に実験を行えば10の8乗Ωcmから10Ωcm程度まで錠剤成形機にかかる圧力に依存して体積固有抵抗が減少するグラフが得られる。この実験では初期設定条件とカーボンブラックの嵩密度など粒子の状態に伴う因子が大きく影響するので実験条件によりグラフは大きく影響を受ける。しかし、カーボンブラックの凝集状態で大きく抵抗が変化する様子を表すグラフを得ることができる。
弱い凝集体を分散した半導体シートの材料をどのように製造するかは、ホワイトボードにその絵を描けばすぐに思いつく。すなわち絶縁体樹脂の相にはカーボンブラックは存在せず相分離している6ナイロン樹脂の相の内部に全てのカーボンブラックが分散している状態であれば、材料設計の目標となる構造を作り出せる。そして6ナイロンのドメインサイズを小さくすることができればカーボンブラックの凝集体も小さくなる。すなわち6ナイロンを絶縁体樹脂に相溶する可能性のあるナイロン樹脂に変更すれば小さなカーボンブラックの凝集体を絶縁体樹脂中に均一に分散できる。
この考え方で、バンバリーを用いて強引に理想とする高次構造を有する材料をブレンドして作りだした。二軸混練機ではなくバンバリーを用いたのは混練における様々な“技”を使いやすいからである。樹脂を混練するときに二軸混練機を使用するのが一般的だがバンバリーやロール混練機を使用すると混練状態を確認しながら材料をブレンドすることが可能でブレンド実験を手際よく行うことができる。
電子顕微鏡観察を行い、ややドメインサイズは大きいが理想どおりの高次構造を有するコンパウンドを製造できていることを確認できた。このコンパウンドで半導体シートを製造したところ、電気特性の安定した半導体シートがえられた。そしてこれは期待したことだが、シートの延伸条件を工夫すると、半導体の体積固有抵抗を調整できることもわかった。すなわちシートの延伸条件によりカーボンの凝集状態が影響を受け、カーボンの凝集体の体積固有抵抗が変化し、それがシート全体の体積固有抵抗に影響を与えたのである。
テーマを担当して1週間でここまでの成果が得られた。あとはどのようにドメインサイズを小さくしたら良いか、という問題(科学的にはフローリーハギンズの理論をどのように扱うかという問題)とバンバリーで製造したコンパウンドをどのように二軸混練機で製造できるようにするかという、時間をかければ解決がつく易しい技術の問題だけである。しかし、科学的に考えようとするとフローリーハギンズ理論が存在し、問題はとたんに難しくなる。
<明日へ続く>
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科学的に考察して実現不可能な技術を担当したときに中断を申し出ることができる状況であれば中断するのが無難な選択である。しかし、その選択ができない状況の時には、担当したテーマの完成の姿に最も近い“モノ”を実現して見せて、その”モノ”が当初の方針と異なることを説明し方針変更について周囲の承認を得て技術開発を続けるのが成功する技術開発のコツである。
科学の世界で真理は一つであるが、技術の世界では真理は必ずしも一つでは無い。技術の世界の真理とは、その技術で製品の機能を達成できるかどうかと言う点が重要で科学的な真理と一致しないときもある。換言すれば科学的真理にとらわれる必要は無く、製品の機能を達成できる技術手段を考えることが重要である。
絶縁体の樹脂に6ナイロンとカーボンを分散し、半導体シートを作る時に、絶縁体の樹脂に6ナイロンが相溶せず海島構造となるのは、フローリーハギンズの理論では重要な真理の一例になるかもしれないが、半導体シートのあるべき姿からすればどうでも良いことである。重要なのはカーボンブラックのナノオーダーの弱い凝集体が絶縁体の樹脂の中で安定に分散しているシートを作り出せるかどうかである。
前任者の目指した目標を否定し、新しい技術コンセプトによる開発を納得してもらうためには、最低限の制約の中で実現したい“モノ”を作ってみることである。不完全でもよく、とにかく担当した技術開発テーマにまつわる制約を少なくすることが肝要で、方針変更した時に実現可能な技術の前に存在するすべての障害を取り除くことである。すなわち、新しい技術のコンセプトで実現した“モノ”を作って、開発の方針変更について周囲の承認を早急に取り付ける作業を最初に行う。
コンパウンドの成形技術を研究開発している会社では、コンパウンドを外部調達している場合がある。コンパウンド供給メーカーの協力が得られるのならばそのメーカーの技術力を利用して実験を行えば良いが、通常コンパウンドメーカーは非協力的である。そのような場合は装置メーカーから装置を借りて自分でコンパウンドを開発するところから始めることになるが、その技術が無いときには弊社のようなコンサルタントに相談すると良い。専門家に技術イメージを伝えると、実力のある技術コンサルタントならば希望を実現してくれる。
<明日に続く>
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10の9乗Ωcmの半導体シートを樹脂で製造する時に、樹脂へカーボンブラックを分散するという材料設計の話に戻る。この設計では、導電性の良好なカーボンブラックを用いるために10の9乗Ωcmの体積固有抵抗を安定に作り出すことは難しい。10の9乗Ωcmの材料を絶縁体と導電体の組み合わせで安定に作りたいのならば、体積固有抵抗が10の3乗から4乗程度の導電体を用いる必要がある。
絶縁体樹脂にカーボン表面のカルボン酸と反応しうる6ナイロンを分散させる、というアイデアは、パーコレーションだけに着目すればそれなりに理にかなっている。相分離したナイロン表面をカーボンが覆い、そのカーボンで覆われたナイロン粒子が分散してパーコレーション転移を生じたならば、ナイロン表面のカーボンどおしの接触抵抗が大きくなったときにナイロン表面の導電性は下がり10の3乗から4乗前後になり、パーコレーション転移を安定化できるようになる。ただし、このアイデアの問題は、絶縁体樹脂と6ナイロン、カーボンブラックの3成分を混練した場合にカーボンブラックとナイロン樹脂がうまく反応してくれない点にある。
このアイデアの他の問題として、絶縁体樹脂に非相溶の6ナイロンを分散したときに生成するドメインの大きさを考慮していない点である。絶縁体樹脂に6ナイロンだけを分散してもこのドメインの大きさはあまり大きな問題とならない。すなわち6ナイロンがしなやかなので多少ドメインが大きくとも実験値にその影響は現れにくい。しかし表面をカーボンが覆った場合にはそのドメインの硬度があがるのでドメインサイズの影響が靱性に現れる。
絶縁体樹脂に6ナイロンとカーボンを分散し安定な半導体シートを作る、というアイデアは、混練時にカーボンブラックとナイロンがうまく反応しないという問題と、仮にうまく反応しても脆い半導体シートになるという問題がある。ゆえに絶縁体樹脂に6ナイロンとカーボンブラックを混合し半導体シートを作るというアイデアは、フローリーハギンズ理論を信じる限り、八方ふさがりのアイデアである。技術企画の最初の段階で冷静に議論したならば、一般にこれはつぶれるだめなアイデアである。
もしこのアイデアを生かしたいならば、フローリーハギンズ理論を否定するアイデアを用意する必要がある。技術企画を行うときに様々な制約が働き、技術手段が束縛される状況は頻繁に発生する。今回は、商品化を半年後に控えて、絶縁体樹脂と6ナイロン、カーボンブラックの組み合わせを変更できない、という状況である。このような状況でテーマを引き継いだマネージャーは、商品化を断念する、という決断は勇気がいるが、最も無難な選択肢である。その決断をしたことでそのマネージャーは、技術開発の失敗を免れることができる。しかし、このような状況でマネージャーを代えるときに商品化断念という選択を塞ぐという間違ったマネジメントがしばしば行われる。
科学的な見地から実現不可能なテーマを請け負ったときにどうすれば良いか。できないことを説明しても周囲は納得しない。実現できる道を示すことが唯一の使命である。マネージャーに課せられた制約をすべて取り払い、こうすればできます、という成功のシナリオと、不完全であっても実現できたモノを一緒に示すことが大切である。科学的理論ではなく実際のモノを短時間で作る必要がある。
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科学的手順で実証された現象は正しい、ということになっている。フローリーハギンズの理論でもその理論に適合する現象を例に実験で理論の流れを証明している論文がある。おそらくフローリーハギンズ理論の考え方は、高分子の混合系について現象をうまく説明できる理論なのだろう。しかし一方でフローリーハギンズの理論に合わないような実験データもある。合わないような、と表現したのは高分子の混合プロセスに必ず問題が残るからである。理論を正しいという考え方に立てば、理論にうまく合わないときに考察を混合プロセスの問題に持ち込めば良い。
哲学者イムレラカトシュは、科学的に厳密に証明できるのは否定証明だけだ、とその著書「方法の擁護」の中で述べている。すなわちフローリーハギンズ理論を否定する証明は科学的に厳密にできても、この理論を肯定する証明では科学的に不確かな部分が残るというのである。イムレラカトシュに従えば、フローリーハギンズ理論が間違っていることを示すために、χが大きい高分子の組み合わせで安定に相溶する系を示せば良い。
この視点で、光学用ポリオレフィン樹脂とポリスチレンの組み合わせを用いた相溶実験を計画した。ポリスチレンを様々な重合条件で重合してスチレン単位の並び方が異なっているポリスチレンを100種類以上合成しようと考えた。これらのポリスチレンと、光学用ポリオレフィン樹脂とを混練する実験を計画した。あらかじめ光学用ポリオレフィン樹脂だけで平衡状態になる混練条件を求め、その混練時間よりも短い条件で混練し、透明になるかどうか確認する実験を行った。すなわち混練時間5分という短時間の条件でポリオレフィン樹脂が平衡状態に無いことを確認し、この条件でポリスチレン存在下、透明樹脂ができるかどうか実験を行ったのである。
ポリスチレンの合成条件を100以上考えたが、運良く16番目の条件で合成したポリスチレンを混合したときに透明な樹脂が得られた。この16番目の合成条件のポリスチレンは、実験に用いた光学用ポリオレフィン樹脂と様々な比率で混合しても透明になる。すなわち完全に相溶しているのである。面白いことにこの樹脂で直径1cm程度の丸い平板を射出成形で成形し、温度変化を観察するとポリスチレンのTgあたりで平板は白濁し始める。さらにこの現象はゲートから樹脂の流れた状況がわかるような白濁の仕方である。そして、光学用ポリオレフィン樹脂の高い方のTgあたりから高温度の領域でまた透明な樹脂になる。
この実験でフローリーハギンズ理論が間違っていることを確信した。多くの系でこの理論に合う現象が生じるのは、考え方の大枠が間違っていないためであろう。しかし、χの定義が不十分ではないか、と疑っている。フローリーハギンズ理論は高分子のエントロピー変化に着目し構築されている理論であるが、χの定義をもう少し厳密に行う必要があるように思う。このあたりは高分子物理の専門家に任せるとして、技術の立場では、フローリーハギンズの理論が正しくないとすると面白いアイデアの展開ができるのである。
<明日へ続く>
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例えば、10の9乗Ωcmの半導体シートを樹脂で製造する場合に、樹脂へカーボンブラックを分散する材料設計を思いつく。しかし、導電性材料を絶縁材料に分散したときにはパーコレーション転移が生じるので、10Ωcm以下の体積固有抵抗で導電性の良いカーボンブラックを用いたときには、ある添加量のところで10の9乗Ωcmから1000Ωcm前後までばらつくことがある。このような場合でも成形プロセスで成形条件を工夫し、強引にシートを作ることは可能である。おそらく歩留まりは悪いがこのようにして10の9乗Ωcmの半導体シートを製造している場合が多い。
しかしマトリックスを構成する樹脂によっては、半導体シートの歩留まりが30%前後になる場合がある。パーコレーション転移は確率過程の現象なので10の9乗Ωcmの抵抗ならば30%前後の歩留まりで目標の抵抗となる。歩留まりを上げるために、樹脂の中で分散しているカーボンブラックのクラスターを制御することを思いつく。カーボンブラックの表面にはカルボン酸ができているはずだから、ナイロン樹脂を一緒に分散させればカーボンはナイロン樹脂の表面にくっついて分散するだろう、と甘いアイデアを思いつく。ナイロンの構造式を見れば周囲も信じてしまう。ところが実際にはうまく反応しないことは化学屋の常識である。
高分子をかじった技術屋がいれば、ここでフローリーハギンズ理論を持ち出し、χが大きいナイロン樹脂を選べば良い、とアドバイスする。このような材料設計案を材料開発の実力のある技術屋が聞けば一笑に付すはずである。しかし構造式や期待される反応、高分子分散に対する理論をまことしやかに並べて説明されると皆が納得するから不思議である。また、皆が納得しているところへ反対意見を言おうものなら袋だたきに遭う場合もあり、おいそれと怪しい理論のプレゼンテーションで反対意見を言いにくい。フローリーハギンズ理論など教科書に書かれた有名な理論なのでその理論に従い相分離するナイロンの島の表面にカーボンブラックをくっつけてパーコレーション転移を制御する、という怪しいアイデアは採用されテーマとして推進されることになる。
ある樹脂にナイロンを分散させて海島構造を作り、その島の表面でカーボンブラックのクラスターを制御する、というアイデアは一見すばらしい。アイデアは間違っているが、実験を行うと歩留まり改善に寄与して、30%が60%まで上がる場合がある。ナイロンの添加でパーコレーションの確率に影響がでたわけだが、それが良い方に出現したのである。2倍に歩留まりが上がったのだからもう少し頑張れば100%に行くかもしれない、と周囲も応援する。ただパーコレーションが確率過程であることに気がついていると、ここで限界と悟ることができるのだが周囲の応援もあってどんどん開発を進める。
開発プロセスにも品質管理を導入しているところでは、開発中の技術をある時点で商品化するかどうかの議論を行い、商品化決定後は技術の中身を固定化する。商品化まで半年あるからそれまでに60%から100%にできるだろうという予測で技術手段を決めてしまうとこの場合には開発を失敗する。このような技術開発をしている場合があるのではないか。このような場合に失敗の原因は明らかだが当事者には見えにくい。ゆえに不思議な失敗となるが、技術を正しく知っている技術者が最初に一任され、技術をチェックする仕組みしておけばこのようなことは起こらないが、日本の多くの企業ではそれだけの力量の技術者が少ないだけでなく、力量の高い一人の技術者に判断をゆだねることをしない。
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