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2016.10/25 ホウ酸エステル(1)

始末書を書くことになったホスファゼン変性軟質ポリウレタンの開発により、炭化促進型難燃化システム(インツメッセント系の難燃化システム)の設計法を見出した。その設計法が汎用的な考え方かどうか確認するために、ホウ酸エステルとリン酸エステルとの併用系の難燃化システムを研究開発した。
 
そもそもリン系の難燃剤では、燃焼時の熱と酸素でオルソリン酸が生成し、240℃以上で揮発する。リン酸のユニットが脱水と炭化反応の触媒作用を発揮しているのだが、燃焼時には炭化反応に寄与するやいなや揮発している。
 
リン酸エステル系難燃剤を添加し、難燃化した軟質ポリウレタンフォームの燃焼試験を行うとそのことを確認できる。すなわち、燃焼時のガスの中にはリン酸成分が観察されるし、燃焼後の炭化物について分析するとほとんどリンのユニットが残っていない。
 
ところがホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームの燃焼試験をして驚いた。まず煤の発生がほとんどなく(注)、ガス分析を行ってもリン成分が燃焼ガスに観察されない(注)。燃焼後の炭化物を分析するとホスファゼン分解物が添加量に相当する量で残っていた。
 
そこで燃焼時にリンを含む単位を揮発しないように固定化するアイデアを考案した。すなわちホウ酸エステルと反応させてボロンホスフェートの形態にすることを提案した。始末書に書かれたこのコンセプトは主任研究員に大うけした。始末書としては0点だったかもしれないが、とりあえずこのアイデアでご機嫌を取ることができた。
 
(注1)煤は不完全燃焼で発生する。しかし、煤として飛散するまえにチャー(燃焼面にできる炭化物のことをこのように呼ぶ)に変化させる機能がホスファゼンには(リンのユニットには)触媒作用として存在する。ホスファゼンでは、その耐熱性のある骨格で触媒作用を示すリンのユニットが揮発しない。一般的なリン酸エステルでは、熱分解してオルソリン酸に変化する。エクソリットのような金属イオンが存在したリン酸エステルでは、ホスファゼン同様にリンのユニットが揮発しにくい。

 

カテゴリー : 一般 高分子

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2016.10/24 ホスファゼンの高分子量体

ホスファゼンのポリマーには、P=Nを線状につないだポリマーと、環状のまま重合させたタイプとがある。ホスファゼン変性軟質ポリウレタンでは、ホスファゼン環(ジアミノ体)とイソシアネート系化合物を反応させて、有機無機ハイブリッドポリマーを合成している。
 
このハイブリッドポリマーに含まれるホスファゼンブロックは、難燃機能以外にポリマーの可塑化機能も有している。ポリエーテル系軟質ポリウレタンでは、ポリエーテル部分がエラストマーの機能を発揮するので、ホスファゼンブロックの可塑化効果は大きく表れない。
 
既存商品のスペックと同等の軟質ポリウレタンを開発する必要から、ホスファゼンブロックをポリエーテルセグメントに入らないように分子設計した。その結果、Tgも含め諸物性は未変性品とほとんど変わらない軟質ポリウレタンを合成できた。
 
社会に出て初めて学生時代に学んだ知識を仕事に適用したのだが、力学物性のコントロールには、この仕事を担当する前の3ケ月間に学んだ知識が活用された。ホスファゼンについては、大学院を修了し、就職までの二週間の春休み期間中に大学院で在籍した講座の先生に許しを得て、少し研究していた。
 
今時の学生は、社会人前に卒業旅行というのが定番のようだが、ドラッカーが愛読書だった当方は、社会に出る前に少しでも知識を詰め込んでおこうと努力していた。春休みの二週間では、一日24時間しかないのでいくら頑張ってもホスファゼンの精製と各種ジアミノ体の合成程度しかできなかったが、ショートコミュニケーションにまとめられる程度の実験データが得られた(注)。
 
ホスファゼン誘導体について当時の状況を一言で書くと、ファイアーストーン社でエラストマーの実用化が発表され、新素材として注目を浴びつつある時代だった。当方がゴム会社に就職したのもこの情報の影響を少し受けた。
 
ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームの開発では、春休みに合成したホスファゼンが使われた。教授から記念品としていただいたのだが、35年ほど前にはこのあたりの管理はゆるかった。始末書を書きながら反省していた記憶がある。しかし、小保方氏の「あの日」を読み今でも管理がゆるい研究組織が存在していることに驚いた。
 
(注)ゴム会社に就職して10月までは新入社員研修だった。この期間に、報文を二報ほどまとめ大学の先生に提出している。ホスファゼンを頂いたお礼である。ホスファゼンの原料は安価だが、ホスファゼンは日本で市販されたばかりで高価だった。ご指導してくださった先生は少しユニークで、バケツで大量に合成する方法を教えてくださった。数百円程度の原料で、数キログラム合成できたので購入するよりも安価だった。ファイアーストーンで研究しているなら同じような**ストーンという名前の会社も研究するだろうと、餞別がわりにその先生が精製物をガラスに封管してプレゼントしてくださった。これがホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームに活かされた。40年ほど前の思い出である。卒業旅行も楽しいかもしれないが、夢をみながらの研究も楽しい。
 

カテゴリー : 一般 高分子

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2016.10/23 仕事のやりにくい関係(2)

始末書を提出した後に調査をして慌てた。市販のホウ酸エステルを使う、と書いたが、ホウ酸エステルが市販されていなかったのだ。リン酸エステルは難燃剤や可塑剤として多数の種類が市販されていた。
 
調査もしないで適当に浮かんだアイデアで始末書を書いたために、いざ企画書をまとめ始めて困った。市販されていないホウ酸エステルをどのように調達するのか、悩んだ。
 
指導社員は気楽だった。どのようなことがおきてもいつも美しさを保ち悠然と構えているような人だったので、気楽に見えたのかもしれない。当方が書いたのだから何とかしなさい、と言うだけだった。調査を進めたところさらに困った情報が出てきた。ホウ酸とジオールとのエステル類は加水分解しやすく貯蔵安定性が全くないのだ。
 
実際に合成してみたところ、脱水しなければすぐにホウ酸が析出する。さあ大変だ、と慌てて走り回り実験室を見渡したところ、ジエタノールアミンを見つけた。このジエタノールアミンでホウ酸をエステル化したところ、不思議なことに安定な化合物ができた。セレンディピティーとはこのようなことを言うのかもしれない。
 
独身寮に帰り、分子模型を組み立てたところ、ジエタノールアミンのNがうまくホウ素原子に配位するモデルを組み立てることができた。翌日図書室に行き、文献検索を行ったところ、過去文献にホウ酸とジエタノールアミンの情報が出ていた。しかし、難燃剤としてではなく防錆剤としての応用で、その情報から安定な化合物であることを確認できた。
 
始末書を提出して1週間後、リベンジできそうな新規炭化促進型難燃化システムの企画書が出来上がった。指導社員は、あとは本当にガラスができるかどうかだけね、と言われたが、ホウ酸エステルとリン酸エステルとの反応でボロンホスフェートができることを知っていたので、それには自信があると応え、翌日からサービス残業の生活が始まった。
 
真摯に成果を考えたときに、その成果に集中すると、人間関係は、組織の道具としての一部品となる。人間関係が良いと、組織への働きかけは容易だが、仮に悪くても組織が何とか機能しておれば成果は出せる。人間関係に依存しない組織と成果に集中することが大切である。成果と無関係の属性に目を奪われているとひどい目に合う。

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2016.10/22 仕事のやりにくい関係(1)

年下の上司では仕事がやりにくい、というアンケート記事から、昨日は新人時代の思い出を書いたが、年下の上司で仕事がやりにくいというのは、年上の美人上司で仕事がやりにくいのと同様、一緒に仕事を行うパートナーの属性を意識しすぎるからである。
 
年下だろうが、美人だろうが、仕事の成果を真摯に考えたときには、それは関係ない属性である。成果に焦点を合わせれば、仕事を行うための工夫が見えてくる。換言すれば、仕事の成果と無関係の属性に目を奪われていては大変だと気づくことは重要である。
 
昨日の続きを書くと、新人発表が終わった時に成果になったように思えた。しかし、ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームの試作が経営会議で問題になった。当方は新入社員だったのでその会議にいなかったから顛末はわからないが、当方が始末書を書かなくてはいけない事態になった。
 
指導社員の説明では、市販されていないホスファゼンを用いて試作を行ったことが問題になり、これを企画したのはだれかと主任研究員が問われ、新入社員だと答えたそうだ。確かにそれは正しく光栄なことだった。
 
今にして思えば、テーマの責任者を聞かれた質問で、管理職が新入社員の責任と答えた情けない話に思えるが、とにかく当時は訳が分からず、美人の指導社員に言われるがまま始末書を独身寮で書くことにした。
 
近所の書店で「人に聞けない書類の書き方」という本を買ってきて書こうとしたが、適切な例文が見当たらない。もっとも自分が悪いことをしたと思っていないので、そもそも例文を探すときの視点が著者の視点と合致していない。
 
結局始末書を書いているつもりが、ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームを試作できたおかげで、炭化促進型(インツメッセント型)難燃化技術が見つかった、これを発展させて燃焼時にガラスを生成する新規難燃化システムを開発する、と企画書のようになった。
 
翌日この始末書が、全然反省の姿勢が見えないということでトラブルになり、結局その日は終日始末書を何度も書き直すことになった。ところが始末書を書きなおしながら,燃焼時にガラスを生成する新規難燃化システムの構想がまとまっていったのは不思議だ。
 
指導社員が親身になり謝罪の気持ちが具体的に表れるように書かなければ、と指導してくださったおかげだが、主任研究員が何とか受け取ってくれた始末書では、市販のホウ酸エステルとリン酸エステルの組み合わせ系難燃化システムでコストダウンを図る、となっていた。

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2016.10/21 年下の上司

    年下の上司と働いた経験がある人の約6割が、一緒に仕事を「しづらい」と感じていることが、就職情報サイトを運営する「エン・ジャパン」(東京)の調査で分かった、と昨日報じられたが、このような調査結果は何の参考になるのか。
     
    組織で仕事をするときには、いかなる人間関係においても成果を出すことが優先される。しづらいかどうかは真摯に成果を考えたときにあまり問題にならない、と思っている。成果を出せるよう組織に働きかけるのが知識労働者の働き方で、しづらいことを成果が出せない理由にしてはいけない。但し組織がうまく機能するかどうかは、経営者の責任である。
     
    当方の社会人スタートは、10月に研究所へ配属が決まり、新入社員の3ケ月間本当に素晴らしい指導社員と仕事ができたが、翌年の1月からは組織変更があり、新たな指導社員とポリウレタンの難燃化研究を担当することになった。
     
    この指導社員が5つ年上の妖艶な女性で、大変困った。おそらくそれまでの人生で出会った女性で一番の美人ではなかったか、と思っている。このような女性とは当時の当方は仕事がしずらかったのである。年上年下など関係なく、上司がどんなに良い人だろうと、一緒に仕事をしずらい人はいる、ということを早い段階で知った。
     
    仕事ぬきで考えれば、毎日出勤するのが楽しかった。それは周囲にもすぐに察知され、実験室にゆくと冷やかしの嵐であった。それまで毎日サービス残業だったが、その女性から食事に誘われれば、素直に従った。良いタイミングで誘われるのでいつの間にかサービス残業の習慣は無くなった。
     
    自分のペースではなく、すべて指導社員の仕事のペースで毎日が過ぎた。自分のペースではないので大変仕事はやりづらかった。おまけに既婚者だったので指導社員は定時退社で、退社時には当方も一緒に帰る習慣になっていった。その結果、規則的な生活習慣となった。これもある意味で辛かった。
     
    仕事というものは、成果が出るかどうかはわからないが、自分のペースで自分のやりたいように進められるときに最も気持ちよくできる。組織で働くときには少なからずその障害となる要因が生じるのでストレスがたまるが、その要因に対してどのように対処してストレスを軽減するのか、というのは働き方の知恵で対処する。
     
    新人発表までの間、自分のペースというものが全くなくなり、極めてストレスがたまったが、その要因は極めて分かりやすく対処がしやすいものだった。しかし、そこで対処するよりも仕事のストレスとつき合う道を選んだ。
     
    当方が提案したホスファゼン変性ポリウレタン軟質フォーム(注)が高い難燃性を持っていることは予想でき、工場試作をどのように進めるかという問題だけだったことも幸いした。仕事ではストレスが溜まったが、新入社員として二つ目の成果は出た。
     
    (注)35年以上前にゴム会社で合成に成功した難燃性機能を有するホスファゼン環の分子ブロックを主鎖に組み込んだポリマーは世界初の発明で、この成果はイギリスの学会誌に論文として掲載されている。
    なお、この難燃化技術については、下記の講演会で詳細を解説いたします。

    1.高分子難燃化技術の実務

    (1)日時 10月27日  10時30-16時30分まで
    (2)場所:江東区産業会館第一会議室
    (3)参加費:49,980円

    (注)難燃性と力学物性、さらに要求される機能性をどのようにバランスさせ品質として創り込むのか、という視点で解説致します。

    https://www.rdsc.co.jp/seminar/161026

    2.11月度開催予定の講演会は下記
    https://www.rdsc.co.jp/seminar/161116

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2016.10/20 働き方

国民の働き方を見直す動きが、政府中心に高まっている。10年以上前からその前哨戦としてワ-クライフバランスが流行している。当方は少し違和感を持ちながら、社会の動きを見ている。
 
そもそも「働く」意味とは、貢献と自己実現にある、といったのは故ドラッカーで、知識労働者は皆エグゼクティブ、というわかりやすい言葉を残している。働く行為は、パンだけが目的ではないのだ。一日の1/3が労働時間に裂かれるので、人生の行為としてこれを捉えたほうが良いのではないか。
 
今後、人工知能の進歩で、単純な肉体労働のほとんどは機械化されるだろう。それだけでなく、現代のホワイトカラーの一部の仕事についても将来は人間の仕事でなくなるかもしれない。
 
このような将来が見えているのに、今議論されている働き方の見直しは、単に小手先の議論で、真に人と仕事の根本的な問題に踏み込んでいない。ワークライフバランスにしても仕事を人生から切り離すような思考法である。仕事を人生に組み込む思考法もあっても良いし、むしろ将来を鑑みるとそのほうが幸せである。
 
大胆な意見として、現在の1/3の仕事がAIに奪われるという。本当かどうか知らないが、AIに仕事を奪われない働き方という発想が生まれてもいいと思っている。ワークライフバランスという考え方ではなく、仕事に対して人間の英知を傾けて取り組む思想である。
 
このような思想では時に、ワークとライフのバランスをくずすような働き方も出てくる。高純度SiCの事業化に取り組んだときもカオス混合のプラントを立ち上げたときも、徹夜や睡眠4時間以下の日が1週間以上続くような働き方をしていたが、幸せだった。幸せだっただけでなく、知識も増えて自己実現を達成できた。
 
過重労働=ブラック企業という単細胞的発想が必ずしも幸せな働き方を約束するとは思えない。過重労働でなくてもその仕事に人生の意味がなければ、人は不幸を感じるのではないか。他人が見て過重労働であっても、その人の人生で重要な仕事であれば、取り組んでいる人は幸せを感じている場合もある。
 
半導体用高純度SiCの仕事では、将来セラミックスの専門家としての夢を見ていたがFD事件で無残に消えた。高分子の専門家に目標を変えてその卒業試験のつもりで取り組んだのがカオス混合プラントだった。量産が3ケ月後という刺激的な状況でプラントを立ち上げなければいけないストレスは、20年間写真会社で自己実現に努力した試験と捉えたときに心地よいストレスとなり、50を過ぎた体にきついはずの徹夜も快適だった。

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2016.10/19 京大の留年生に対する呼びかけ

京都大学では留年と退学含めて2割程度で、他の大学と同じだそうだ。そして最近留年や退学をしそうな学生に対して大学側が発した優しい呼びかけが話題になっている。そこでは、例によって大学を中退した偉人を引合いに出して留年や退学は人生の失敗ではない、と訴えている。ここまで大学が学生にサービスをする時代であれば、偉人の紹介よりも大学がしたほうがよいことは他にもある。
 
若いころ、留年や退学は本人の責任と思っていたが、人生の最終段階を迎えてみて、このような個人の努力が100%の失敗でも一概に本人の責任だけではない、と思うようになった。すなわち留年や退学も含め多くの人生の失敗は、本人の責任がもちろん大きいけれど、本人のどうにもならない要素、例えば運のようなものも少しは影響していると感じるようになった。これを悟ると人生の問題を考えるときに、かなりの部分が楽になる。
 
悟ることができないなら、人生の失敗を体験した時に何人かの友人に相談してみることだ。中には傷口に塩をすり込むような有益なアドバイス(良薬は口に苦し)をしてくれるありがたい友人もいるが、一人ぐらいは毒にも薬にもならない優しいアドバイスをしてくれるはずだ。またそうした優しいアドバイスをしてくれる友人を一人は確保しておくことは重要だ。当方の友人は前者のような厳しい人が多かったので必死で優しい人を求めた。
 
優しいアドバイスを言ってくれる友人がいつも支えになるとは限らないが、仮に自分の責任が100%であるような失敗であっても、自分の責任を棚上げして考えてみることも時には必要である。都庁のお役人のように毎度責任を棚上げしていても世の中なんとか回っている。回っているだけではない。1000万円を越える年収を無責任人生で手にしている人もいるのだ。ただしそれが都民の税金であることも忘れている図々しい人たちだ。
 
人生や仕事において自己責任の考え方は重要である。しかし、人生の一大事において自己責任ばかりで考えていると、周囲に迷惑をかけることもある。時には運の存在(注)を認め、気楽に状況を捉える努力も必要だ。留年は社会に出るタイミングが遅れるだけでなく、学費も含めた経済的問題も大きいので、とても気楽になれないかもしれない。しかし、焦っても留年が取り消しになるわけでもない。ならば一年余分に勉強できるチャンスができたと考えられるようにしたい。
 
優しい友人のアドバイスは、とりあえず冷静に考える機会を与えてくれる。それが役立つかどうかはともかく、責任だけで熱くなって見えないところを優しい一言で気がつくことができる。これが大切である。だから友人に一人ぐらいは優しい人を確保しておくことが大切で、それが恋人や配偶者なら最高である。いつでもチャレンジの勇気がわき出てくるし、苦労も楽に見えてくる。
 
学生時代に友人が一人もいない状態は、絶対に避けるべきである。もし、今一人もいない状態なら、誰かに声をかけて友人になってもらう努力ぐらいは自分でしなければいけない。社会人になると学生時代よりも友人というものを作りにくくなる。学生時代の友人は案外長くその関係が続く、と言われているし、実際にそう思う。学生時代は勉強よりも友人を作る努力のほうが重要だ。
 
友人が多くて留年したなら幸せかもしれない。学生時代に地下鉄の駅から大学までの道の途中には雀荘が多く、窓から手を振る友人がいた。おかげでドイツ語の単位を落として慌てたが、その結果大学院受験の時に教授からマンツーマンの指導を受ける機会ができた。世の中塞翁が馬であるが、友人だけは大切にしたい。大学はそのサポートをしなければいけない時代かもしれない。
 
(注)半導体用高純度SiC新合成法の技術についてその最初の成功は、無機材質研究所の納入されたばかりの電気炉で確認されたことは、以前この欄で紹介した。その時原因不明の電気炉の暴走が起きている。科学的に考えてもありえない出来事で未だに原因不明であるが、その時の温度パターンを実現できるようにパイロットプラントや実際の生産では電気炉が作られている。まさに神の存在をうかがわせる出来事だ。また、日本化学会化学技術賞の審査では、当方が審査員を務めているときに間違った内容で書かれた最初の推薦書がゴム会社から出ている。さらに1年前に決めたサラリーマン最後の日は東日本大震災であり、運というものを考えなければこのような現象を説明できない。よい運悪い運として分けて考えたりするが、人生の分岐点が自分の考えていた方向ではなくなっただけ、というように気楽に考えることが重要である。特に人為的な現象でない時には、深刻に考えないことである。
 
 
 

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2016.10/18 基礎研究の効率的推進方法(3)

iPS細胞は、応用研究と基礎研究が同時並行で進められている大変良い研究モデルだと思う。山中博士のマネジメント能力はすばらしいと思う。
 
山中博士がノーベル賞を受賞されたときにその裏話をNHKの番組で語られているが、ヤマナカファクター発見についてノーベル賞受賞までその方法について語らなかったと言われた。
 
頭の良い研究者である。当方は高純度SiCの速度論的研究について初めて日本化学会の年会で発表したときに、K大の先生からリアクティブブレンドの条件をどのように研究したのか質問され、正直に試行錯誤で見つけた、と応えて、こてんぱんに言われた。
 
前駆体法の初めての発表であり、会場は廊下に人が溢れるほどの盛況で、笑い声さえあった。ゆえにこれ以後高純度SiCに関する学会発表は学位審査の対象期間になるまで控えた。アカデミアの厳しさと言えばそのとおりだが、そのような質問の仕方をしておいて、企業から学会発表が少なくなった、と一方でその先生が発言されていたので、思わず笑ってしまった。
 
山中先生は、ヤマナカファクターを見つけるのに消去法を使った、とは説明しにくかったのだろう。消去法は、試行錯誤と同様に科学的方法として認められていない。
 
しかし、山中先生はアカデミアの立場でありながら、躊躇無く非科学的方法で成果を出し、その後基礎研究を行うという効率的な研究推進方法をとられている。このことは見習うべきではないか。
 
11月に問題解決法も含め、このような点について講演会を行うので関心のある方は是非聞きに来ていただきたいが、効率よく成果を出すためには、非科学的方法でも成果がでればそれでよいと思っている。むしろ科学が高度に進んだ現代において、非科学的方法で発明や発見に取り組んだ方が新しい現象を見いだすことができると考えている。この理由についても11月の講演会(https://www.rdsc.co.jp/seminar/161116) で説明する(注)。
 
(注)すでに参加申し込みがきており、講演会の募集として出だしが早い。弊社へお申込みいただければ割引価格で参加できます。非科学的方法で科学的な成果を出した事例をいくつか紹介します。
 

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2016.10/17 基礎研究の効率的推進方法(2)

半導体用高純度SiCの事業化では、不眠不休に近い集中力で無機材質研究所で行った5日間の成果を基に2憶4千万円の投資が決まり、1階がパイロットプラントで2階が研究室のファインセラミックス棟が建設された。たった5日間の実験だったので実際のデータは少なかったが、パイロットプラント建設のための十分な情報がすでに世の中にあった。
 
すなわちイビデンはじめ先行するメーカーのシリカ還元法に関する特許が多数公開され始めた時代である。またSiCはエジソンの弟子アチソンによる発明で、その製造方法については公知情報だけでもプラント建設が可能な状況だった。
 
しかし当時の技術で量産可能なSiCの純度はせいぜい99%が限界だった。経済的な高純度化技術については未知の領域であり、もし高純度SiCを使用したいというときには実験室で用いられるレーリー法がよく知られた方法だった。気相合成法も登場していたが、量産には難点があり実用化プラントは成功していなかった。
 
このような時代背景で、フェノール樹脂とポリエチルシリケート、酸触媒の3成分によるリアクティブブレンドで合成された前駆体による方法が唯一の高純度SiC量産方法であるとの、専門家のお墨付きが得られた。このような状況ではアジャイル開発で直接製品を作り市場開拓をするのが一番と判断し、前駆体法の基礎研究を後回しにした。
 
そのような時にU本部長から前駆体の品質管理をどのように行うのか質問があった。本質をとらえた鋭い質問だったが、アイデアの整理はできていたので、「超高速熱天秤を開発し、その熱天秤で検査を行う」と回答した。すぐにやれ、との指示が出た。
 
1ケ月ほどで当方の設計による熱天秤の外形は出来上がったが、これは当方の要求した部品をつなぎあわせただけでスペックについては満たされていなかった。依頼したメーカーにこのままでは検収できない、と伝えたら、設計の責任は当方にある、と言われたので、すぐに納入してもらい、急遽改良に取りかかった。たった3日でスペックを満たす熱天秤となったので、メーカーの担当者を呼び、クレームをつけたら「性能が出るんですね」とびっくりしていた。
 
熱天秤に2000万円の見積もりを出してきたときにふざけている、と思ったが、仕様を満たさない装置を当方の責任と押しつける神経にも驚かされた。しかし、部品の製造技術をもっている会社が当時そのメーカーしか無かったのでしかたなく発注したのである。このような状態なのでソフトウェアーも自分で開発することになり、この装置のために1週間ほど徹夜(注1)したが、何とかSiC生成の速度論を研究できる設備、すなわち、SiCの前駆体の品質管理ができる設備ができあがった。
 
U本部長に品質管理方法をプレゼンしたところ、仕事の早さを褒められた。褒められついでにこの品質管理の装置で速度論の研究を行ってよいか尋ねたところ、学位を取れとの指示も出た。T大で学位を取ることになったが、それはすべての研究が完了してから上司が調整してくださった。
 
当時の開発状況を簡単に描くと以上であるが、市場開拓と基礎研究が同時並行(コンカレント)で進められている。基礎研究結果がどれほどのレベルであったかは、T大の先生が勝手にその先生の名前をファーストネームにした論文を出したことからご想像願いたい。よほど良い研究と評価されたのだろう。あまりの行為に腹も立ったが、当方が企画しまとめた研究の評価ととらえ、学位のために我慢した(注2)。
 
(注1)当時の残業時間は常識外れな量であり、そのため会社へほとんど残業申請していない(補足)。すなわちすべてサービス残業でこなしている。会社の責任ではなく、すべて自己責任と考え、死なないように健康管理とストレス解消に努めた。ファインセラミックス研究棟から徒歩3分の所に独身寮があったので都合が良かった。同期や同僚との飲み会がストレス解消の場となった。当方のために合コンを企画してくれた友人もいた。死の谷の6年間の前半は、今から思えば人生でもっとも輝いていた時だ。職場環境は大切である。ゴム会社がアメリカの会社を買収後、次第に風土劣化が進行し組織も機能しなくなった。U本部長が続投されておればもう少しまともなマネジメントでFDの問題も起きなかったのではないか。
(注2)結局これ以外にいろいろ問題があり、学位を中部大学で取得している。STAP細胞の騒動でも学位のあり方が問題になっているが、有名大学だからその学位が価値がある、という認識は、日本では持たない方が良い。学位は、中身こそ重要である。アカデミアの優秀な研究者が自分の研究にしたくなるほどの内容の学位にまとめ上げた満足感がある。また中部大学は、海部俊樹元文部大臣が中部圏下の私立大学ではじめて学位審査権を授与したスタッフが優れた大学である。学位審査方法も厳しくコピペは御法度である。
(補足)この状態は好ましくないことである。しかし、知識労働者が働きたいように自由に何でもできた時代でもある。今は労務管理が厳しくなりこのような残業は、せいぜい1週間しか続けられない。死にそうなぐらい働いて、残業代も申請せず、見かけ上ブラック企業そのものだが、貢献の喜びが満たされているときには苦痛よりも幸福感を感じるものである。いや、むしろ幸福感があったので死ぬほど働くことができたのかもしれない。死の谷は長かったが、日々目標を確認しながら、小ゴールを設定し、それを毎日実現する達成感のおかげで苦痛ではなかった。

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2016.10/16 基礎研究の効率的推進方法(1)

ノーベル賞週間が終わったら基礎研究の重要性がTVニュースで叫ばれるようになった。日本人の受賞が続くのは過去に基礎研究を大切にしてきたからで、現代の様なすぐに成果が求められるような時代ではなかった、というのがこの10年ほどの定型句になっている。
 
誤解を恐れずに言えば、今の時代でも十分にアカデミアは恵まれた研究環境である、と思っている。むしろ過去の研究マネジメントが十分に機能していなかった問題を論じたほうが良い。大手企業では、かなり学習が進み効率的に基礎研究を行っているところも現れた。
 
基礎研究を効率的に行う一つの方法として、「開発を行ってから研究を行う」、という方法がある。開発を行い、人類に役立つ成果を出してから、その成果の裏に潜む真理を明らかにしてゆく。これはアジャイル開発とも整合する。もし開発成果で大きな売り上げが得られたなら基礎研究の投資を大きくできる。また、多額な投資を行っても、売り上げ規模が十分に大きければ健全な投資である。
 
すべてがこの方法でうまくゆく、とまで言わないが、今の時代行うべき基礎研究は大抵この方法で進めることが可能と思っている。また、新たな基礎研究のテーマも見つかったりする。
 
半導体用高純度SiCの基礎研究はこの方法で進めた初めての事例で、学位も取得できた。また事業は開発開始から30年以上経った現在も続き、売り上げが増加している。これは当時のU本部長の「研究やる前に、まず、モノもってこい」というご指導のおかげである。
 
高純度SiC合成技術の開発された状況は過去にこの欄で書いたが、基礎研究などやらず、2億4千万円の先行投資を受け、すぐに10kg/日の規模のパイロットプラントを建設した。パイロットプラントを建設しながら、変形横型プッシャー炉などプロセス特許も書いていた。
 
パイロットプラントができて、製造された高純度SiCをもってマーケティングを行ったところ、まだ世の中は研究段階で大きなマーケットが存在しなかった。周りから駄馬の先走りと言われたりした。ただ、マーケティングをした成果で、K社からシリコーン引上げ用るつぼやSiCヒーターの試作など頼まれたりした。(続く)
 
 

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