中間転写ベルトの成功で一番大切な技術は、カオス混合プロセスであるが、在職中は学会でも評価されず、あげくのはては混練機のメーカーではない、という理由で関連技術の特許出願をすることができなかった。早期退職して起業した一因でもあるが、その後中国のローカル企業で実績を積みながら在職中に開発したタイプと異なる構造の装置の改良を進め、2014年に高分子学会から招待されて講演を1時間行っている。また、二軸混練機とセットでこの時のプロセスの別様式バージョンを販売準備中である。
準備が整い次第、本欄で価格等の情報を発信するが、科学的に説明が難しい技術は日本の企業で扱いにくい。しかし、21世紀はこのような状態を打破しなければ、日本のものつくりは発展しないと思っている。科学を捨てよ、と言っているのではなく、科学を道具として使い、人間の6つの感覚をフルに活用した技術開発が重要と提案したい。
科学教育が科学の普及を達成でき、科学の時代を実現できたように、日本の教育に欠落している技術教育を弊社は指向したいと思っている。今、日本では実績が無いが、中国では少しずつ実績が出ており、ローカル企業の開発力向上に役立てていただいている。
日本でメソッド単体の販売は難しそうなので、二軸混練機に混練機の使い方としてメソッドの普及を考えている。二軸混練機は、科学的には完全に説明できていないプロセスであり、混練されて吐出されたコンパウンドが中途半端なモノであることがあまり知られていない。
中間転写ベルトの開発で一番障害となったのが、根拠の無いコンパウンドメーカーの自信である。科学的に満足な説明のできないコンパウンドを自信を持って販売している、という不思議な状況である。もし機能性コンパウンドを開発したい企業があればいつでもご相談ください。コンパウンド技術について0からご指導させていただきます。射出成形や押出成形を行っているメーカーで既存のコンパウンドに不満があれば内製化した方が良いと思っている。弊社は、そのお手伝いを致します。
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単身赴任前に、研究開発必勝法により開発成功へのシナリオは描かれていた。ただ、PPSと6ナイロンを相溶させる機能をどのように実現するのか、机上で考えても分からなかった。科学で否定される機能なので、論理的に導かれないのは当然のことである。窓際管理職という幸運な立場だったので、予算はなかったが自由に出張や実験はできた。
ドラッカーが言っていた貢献と自己実現が働く意味という言葉は、窓際族には勇気になる。貢献のベクトルを間違えなければ何でもできる立場を味わうことができる。しかも日本の会社では生活できる十分な給与がもらえる。さらにベクトルさえ合っておれば、首にならないし、自分で進路さえも自由に選べるのである。さらに窓際で明るく輝くことも自己実現次第である。ゴム会社の新入社員時代にメモしていた備忘録を見ながら、混錬技術の勉強を始めたが、何でも記録する習慣は大切である。
「あの日」を読むとメモを取っていなくても、恨みつらみというものは忘れない、という人間の性を改めて感じるが、実験ノートさえとっていなかった問題は、大事な細かい点がこの本に書かれていないことと関係があるのだろう。当方の備忘録は、実験ノートが無かったゴム会社で、実験ノート兼講義録兼**何でもノートだった。日記の代わりでもあった。
ドラッカーも言っていたように、記録することは自己実現努力の基本である。備忘録のおかげで、30年近く前のポテンシャルに技術力を戻すことができた。ゴム会社ではセラミックスのキャリアであったが、3ケ月間はゴム技術者だった。しかも、優秀な指導社員のおかげで、当時先端材料だった樹脂補強ゴムの実用的な処方を3ケ月で完成できるポテンシャルまで能力が高かった。
単身赴任前に使えそうな機能を探すために、バンバリーやロールなどの混練機でPPSと6ナイロン、カーボンを混練してみた。そのとき、機能に使えそうな現象が幾つか発見されていた。ただ、検討に用いた方法が連続プロセスではないので実用性が無く悩んでいた。しかし、ロール混練の条件を工夫するとPPSと6ナイロンが相溶したようなデータが得られていたので、実用的なカオス混合プロセスさえ考案すれば、必ず成功するという自信があった。
これはSTAP細胞の研究者と同様の感覚で、ただその研究者と当方の違いは、再現性に向けて工夫と実験を自分で繰り返していたことである。そして観察した状況を細かく手帳に記入していた。技術開発が成功するかどうかは、機能の発現について再現性がどの程度あるかによる。また、他の人が実験をしやすいように工夫した点を忘れないように書くことである(注)。機能の再現性が十分に高いならば、それを経済的なプロセスで組み上げるだけである。
経済的なプロセスのアイデアが、たまたま押出成形の現場で閃いた。機能の再現性の確認は、単身赴任前に、十分に実験していた。ゆえに発見された経済的なプロセスを周囲の納得が得られるようにデータを組み合わせて、論理的に構成する作業だけであった。
詳細は省略するが、製品化までの期間に、世界で例の無いカオス混合プロセスの工場が稼働し、PPSと6ナイロン、カーボンの配合を変更することなく、中間転写ベルトの開発に無事成功した。この開発の最後のデザインレビューで、方針管理に基づき外部のコンパウンダーとともに開発を進めてきたマネージャーBは、従来法では技術ができないことが証明された、と否定証明を展開し、子会社の工場のコンパウンドでなければ製品ができないことをプレゼンで示してくれた。否定証明もこのように使用すれば有益な方法となる。
(注)ドラッカーも記録することの重要性を著書の中で述べている。記録された内容を後日読んでみると大変参考になるときがある。また、数年後に読めば成長の記録となる。研究者が実験ノートを書くのは、ただ備忘録のためだけでなく自己の成長のためにも必要なことである。
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中間転写ベルトの開発では、外部からコンパウンドを購入して開発が進められていた。コンパウンドは高価格だったので、試作に失敗した材料は捨てずに、成形条件検討用に再利用していた。ただ、再生材で検討された成形条件が、新しいコンパウンドでは再現しない問題があり、押出成形の開発は一進一退を繰り返していた。
赴任したときに奇妙に感じたのはこの点で、担当者に尋ねたところ単なるコンパウンドのばらつきだろうという回答が返ってきた。当方はコンパウンドのカオス混合プロセスをどのように実現するのか考えていたので、押出金型のリップ部に着目した。担当者に指示し、新しいコンパウンドをベルト成形が難しい押出機の最大吐出能力で押し出してみた。そしてその材料でベルトを製造してみたところ、抵抗偏差の小さいベルトができた。
不思議なことにボツも少なくなっていた。そのベルトを見た瞬間カオス混合のアイデアが閃いた。すぐにコンパウンド会社にアイデアを実行させようとしたところ、「素人はダマットレ」と技術サービス担当者からアイデアを一喝、否定された。
また、部下の二人のマネージャーからも科学的根拠が無いという理由で、アイデアの評判は良くなかった。研究開発必勝法で考案したシナリオを発動すべき時が来た、と決断し、若手1名と現場で評判の悪かった作業者1名を組ませてコンパウンド開発チームを作り、コンパウンド工場建設に向けて活動し始めた。
当方の権限や業務はすべて、マネージャーBに任せ、当方もコンパウンド開発チームの一員として活動を始めた。すなわち、従来の管理職としての業務はすべてマネージャーBに任せ、3人でコンパウンド工場建設のための準備を開始したのである。時間と予算が無いので、設備は中古で揃えることにしたが、一番問題になったのは、その年の予算外の予算となることで、その獲得のために、まがりなりにも投資により成功するという科学的な説明が必要だった。
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科学的に問題解決不可能という問題をどのように解いたら良いのか。ゴム会社では、二律背反の問題が好んで技術テーマとして取り上げられていた。日本では、すりあわせの技術などがTVでもてはやされたこともある。ただ、その共通点は、科学で考えると解けない問題をどのように技術で解くのか、と言うことである。
科学と技術は同等という考え方で支配されていた、20年以上前のゴム会社の研究所では、研究所以外の開発部隊が二律背反の問題を解決する、というプレゼンを軽蔑していた。これは、科学で解けない問題ならば、あきらめるのが最善という考え方である。
あきらめる、という回答が許されないとしたならば、考えられる一つの方法は、妥協である。しかし、技術が科学と異なり、現象から機能を取り出す行為であることに気がつくと、科学の知識で考えて問題が解けない、という状態は、深刻ではないのである。技術的にどうしようもない状態より、どうにかなる。技術的にどうしようもない状態は、適当な完成レベルで妥協する以外に道は無い。
iPS細胞のヤマナカファクターを例に、このあたりを説明すると、機能を調べるために、実験を担当した学生は、24個の遺伝子を一度に細胞へ組み込むという無茶な実験を行っている。その実験で細胞に初期化が起こり、科学的な理由は不明だが、iPS細胞という機能が見つかった。そしてこの機能を洗練されたモノにするために、さらに科学的ではない消去法で、4個のヤマナカファクターの組を見いだしている。
技術開発とは、まさにこの例のように実行することである。科学的な意味が無くとも目的とする機能を取り出す実験を行うことが大切である。論理的プロスではなく、ヒューリスティック(heuristic注)プロセスによる実験が重要である。技術では、仮説が真であることよりも、機能実現が重要なので、理由は不明でも機能が発現すればそれで良い。科学こそ命という人がこのようなことを聞くと鼻血を出して怒りそうだが、新しい技術の多くはそのように生まれている。
但し、再現性が乏しい機能は、経済的な技術に創り上げることは難しい。すなわち技術開発とはロバストを改善することだ、というのは田口先生の名言だが、機能の再現性を上げるために開発するのが技術開発で、企業では科学の研究よりもこれを優先しなければ21世紀は生き残れない。
(注)いつも正しい答えが得られるわけではないが、すなわち論理性は保証されていないが、ある程度のレベルで正解が得られる、と言う意味
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写真会社とカメラ会社が統合した会社では、55歳以上に対して早期退職制度があり、中間転写ベルトの開発に失敗したら、責任をとりやすい状況だった。仮に開発に成功しても給与は増えないが、失敗しても早期退職制度を活用して会社を辞めれば、退職金は増えた。
当方に仕事を頼んできた来た人物は、よく当方の状況を調べてから来てくれたのだ。その人物は、この仕事が成功した後、センター長へ昇進している。失敗しても、当方に責任を負わせれば良いとでも考えたのかもしれないが、定年近い当方にとって、そのようなことはどうでも良かった。権限とか昇進に焦点を合わせると貢献すべき焦点がぼける。当方は、どのような手段を用いても開発を成功させる決意をし、豊川へ単身赴任した。また、弊社で販売している研究開発必勝法を使用し、その切れ味を試すにはちょうど良いテーマだった。
職場の風土は、皆が成功を信じている士気の高い雰囲気だった。ゴム会社の研究所以外の職場風土とよく似ていた。部下にマネージャーが2名いて、一名は材料技術に詳しいマネージャーAでPPSと6ナイロン、カーボンの処方を企画した人物である。最初にこのマネージャーとは徹底的に議論した。そしてこれまでにないアイデアをコンパウンド技術に投入しない限り、問題解決不可能という結論に至った。
赴任して一週間で科学的見地から開発は失敗する、という見通しが得られた。この結論は、センター長まで伝えたが、何とかならんか、と求められたので、当方が何とかします、と回答した。その時、二人の部下のマネージャーは、びっくりしていた。方針変更の打ち合わせがひっくり返ったためである。
上司であるセンター長は、8000万円までの予算であれば何とかできるので、それでコンパウンド工場が建たないか、と尋ねてきたら、マネージャーBは不可能です、と慌てて否定した。さらにマネージャーBは、予算よりも時間が無いことを理由にコンパウンド内製化に猛反対した。
当方は、コンパウンド工場は二軸混練機を設置すればよいだけであるが、品質管理規定に基づくデザインレビューの各ステップを通過することが難しい点を指摘したところ、どこか子会社は無いかという話になった。すなわち、子会社に投資してコンパウンド工場を建てれば、現在社外からコンパウンドを購入しているのと同じで、コンパウンドの試験だけで済む、とセンター長が知恵を出してくださった。
結局、PPSと6ナイロン、カーボン系の処方は、科学的に開発が困難でどうしましょう、という会議が、子会社にコンパウンド工場を建てましょうという結論に至り、当方のサラリーマン最後の仕事の舞台環境は整った。あとは、役者を揃えることである。
この会議の一番の収穫は、センター長が是非成功させたい、そのためにはできることは何でもする、と言ってくださったことだ。トップの固い決意があれば、それだけで成功確率は50%を超える。そして、マネージャー以外の担当者も成功することだけを考えているので、あとはどのように演じるかである。成功を確信した。
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新事業開発や研究開発のプロセスで必ず成果が出る方法があれば、誰でも知りたいだろう。特に企業でその任にある人は、具体的なメソッドをお金を出してでも、と考えておられるかもしれない。弊社の販売している研究開発必勝法は、一応その候補になり得ると考えているが、それでも70%以上の成功確率を約束できない。
理由は、企業風土や職場の風土、組織の問題、ヒトの問題などメソッド以外の要因が開発プロセスの成否の50%以上を占める(注1)と考えている。この問題の一般化は、研究開発必勝法に盛り込んだ一部の状況を除き、すべてを普遍のメソッドに落とし込むことは困難だと思っている。逆にこの問題についてパーフェクトの解が得られたら(会社あるいは組織の特性を熟知しなければ開発の成功確率は100%にならない)、失敗の可能性が99%以上ある仕事でも成功することがある。すなわち成功確率1%に賭ける常識外れな人物が社内から現れれば、そのようなことが起きる。
PPSと6ナイロン、カーボンからなる半導体無端ベルトの押出成形技術は、まさに失敗確率100%に近い仕事だった。外部のコンパウンドを購入して進められていたそのテーマ(すなわち、外部のコンパウンダーに問題解決能力が無ければ100%失敗するテーマである)は、科学的に技術開発を進める優秀なコンパウンドメーカー(注2)のバックアップもあり、簡単に成功するかに見えた。
しかし、無端ベルトの抵抗偏差が5%未満という高精度の押出成形技術を押出プロセスの改良だけで進めるには無理があった。さらに、科学的に推定される無端ベルトの高次構造において、6ナイロンがPPSに相容しない限り、実現できない力学物性との強相関性という問題があった。ところが、6ナイロンがPPSに相容する現象は、科学的にフローリー・ハギンズ理論から否定される。
まさに、科学者からみれば100%失敗する仕事でありながら、実務担当者から見れば何とかなりそうという矛盾に満ちたテーマであった。
この実例では、写真会社とカメラ会社という異なる企業風土の会社の合併直後であり、押出成形技術を担当していた現場の技術者がおよそ科学的な仕事を敬遠するカメラ会社のメンバーで構成されていたことが幸いしている。彼らは、必ず成功すると信じて仕事を進めていた。また、センター長はカメラ会社の出身者であり、金型の専門家でいわゆる徳のある人物だった。
周囲の管理職も材料に詳しい人材がいないことも成功の一因だった。唯一注意が必要だったのは、同じ写真会社出身だった部下のマネージャーで、彼は科学的に手堅く仕事を進めたいという人物だった。
(注1)例えば、モノができても投資タイミングが種々の理由で遅れ、事業機会を失う、ということが起きる。投資タイミングを決めるのは経営者である。経営者にはいろいろな方がおられる。
(注2)会社名は明かせないが、有名な企業の一つである。科学的に業務を進める、とは科学的に進められないプロセスの可能性について検討しない、という意味である。すなわち、科学的に仕事を進める問題の一つに、条件の検討漏れが発生する場合があるが、それに気がつかない人がほとんどである。現象が、すべて科学的に解明されておればそのようなことは生じないが、科学的に未解明な現象を取り込んでいるのに、科学的に不明な条件を安易に理解しているような条件と誤解する場合である。フローリー・ハギンズの理論をよく読んでいただければわかるが、中途半端な考え方程度の理論である。現象の説明に使っても良いが、現象から機能を取り出すときに、この理論を信用すると痛い目に遭う場合も出てくる。例えば、科学を信じていたコンパウンドメーカーは当方が工場を建てたために市場を失ったのである。技術者にとって科学は利用すべき道具であって、盲目的に信用すべき対象ではない。また、道具であるので、技術者自身も常に使えるようにメンテナンスに努めなければいけない。
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年末から年始にかけて、研究開発に関わる2つのショッキングな出来事があった。「あの日」の出版と、SMAPの解散騒動である。ベッキーの問題は、文化でも何でもない痴話話であり、この欄で取り上げるのは恥ずかしい限りだが、前者は研究開発部門で起こりうるごたごたのケースを、後者は新しい市場での価値共創が引き起こす問題の事例として参考になる。そして、両者共通しているのは、現場の中心人物の行動が大きく関わっている点であり、その人物の行動次第では、その後の展開にも大きな影響が出てくる。
まず、後者については、中心人物であるSMAPのマネージャーが芸能界を引退することで一応の終息となった。この知恵は、問題が発生した時の解決策として大切である。当方も、高純度SiCの仕事とは関係ない高分子の仕事を選び、古巣への貢献を行っている。当人が被害者であったとしても、問題解決に当たり貢献を軸にして何を守らなければいけないのか、を冷静に考えるべきである。SMAPの騒動もSMAPは解散せずとりあえず活動しているし、ゴム会社で異色の高純度SiCの事業も30年近く続いている。
前者については、論文捏造問題が発生した時に辞職し問題の終息を計るべきだった、と思われる。おそらく一切の責任をかぶることになっただろうと容易に想像でき、その時組織の人間の汚い行動で、辞職した人の名誉など踏みにじられたかもしれない。しかし、それにより優秀な研究者の自殺やその後の理研におけるSTAP細胞研究の方向が大きく変わったと思われ、歴史から見たときに十分な貢献を軸とした判断になっただったろう。
すなわち、早めに著者が辞職しておれば、STAP細胞について、自殺した研究者をリーダーにして細々と科学的な研究が進められた、と想像される。ゆえに自殺された研究者は著者に研究の将来を託す遺書を書かれたのだ。また、公開されたSTAP細胞の研究費に書かれていた報酬からすれば、十分にその責任を果たすべき報酬が税金から支払われていた。当方は著者の報酬よりも低い報酬で、創業者でありながら高純度SiCの仕事を失った。
この二例が示すように、研究開発や新事業開発においてどんな優れたマネジメントが行われようと、どんな優れたメソッドによるプロセスが開発されようとも、キーマンが正しい「働く意味」を理解していなければ、成果は意図しない方向に変わる。成果がすべて無くなる場合もでてくる。すなわち、いつの時代になっても、ヒトの問題は重要で、とりわけキーマンの教育指導は重要である。
「あの日」という本は、著者の性格が色濃く出ており、読み手により誤解を招くかもしれないが、事実だけを拾い集めると、真理を追究することが使命となる職場ならどこでも起こりうる流れが浮かび上がる。例えば、著者だけにネズミの扱いを指導してくれない、ノウハウを教えてくれない、ということは、特別な技能を有した研究者が陥りがちな独占欲の現れで、ゴム会社の研究所でも同様の状況は存在した。
電気粘性流体のプロジェクトに加わったときなど、具体的な作業以外何も伝えられなかったひどい状態だった。研究者の中にはどうしても成果を独占したいとか、機会あれば他人の成果も自分のモノに、というよからぬ考えを持ってしまう人物が出てくる。第三者が見ればよからぬ考えだが、その研究者は、真理以外何も見えていないので、悪事を働いている意識など毛頭無いのが困った点である。例えば、当方の成果を勝手に論文にまとめた国立x大の先生も急いで発表した方が良いからと、平然としていた。確かに見つかった真理を迅速に公開することは科学者の使命ではあるが。
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科学者も技術者も知識労働者であるが、技術者に比較して科学者には知識労働者という自覚が無い人を見かける。技術者は、その姿勢において、お金が儲かりそうなモノを創り出そうとするが、科学者の中にはお金に無頓着な人もいる。
これは、技術者は自然界から人類に有用な機能を取り出すことが仕事だが、科学者は真理を追究することが仕事という働く時に扱う仕事の特性が影響しているように思う。科学者にとって真理は重要だが、その真理が直接人類に役立つかどうかはどうでも良いことなのである。
真理がそれほど解明されていない科学の黎明期の時ならばそれも許されたかもしれない。エジソンのような技術者が、次から次へと生みだされる真理からどんどん技術を開発していったので、科学者は特に働く意味が分かっていなくても社会へ貢献できた。
しかし、現代はTV番組の「トリビアの泉」のような無駄知識があふれているような時代である。新たに生まれる真理が何に役立つのか分からない時代になった。少なくとも科学者自身がその真理について社会への貢献の視点でマネジメントしない限り、その分野の周辺で仕事をしている技術者でさえ意味不明の真理があふれている。
科学と技術の関係において、車の両輪ということはよく言われるが、今やその車輪は独立懸架の時代で、科学者が、自分の生み出した、あるいは生み出そうとする真理を技術者へ理解できるように説明しない限り、技術者は、新たな真理を活用できなくなっている。
かつては、車軸でつながっていた科学者と技術者の分業体制で技術の発展ができたが、今や科学者が技術者と同じことを取り入れて実行しなければ、科学の生み出した成果で社会に貢献できなくなってきた。ヤマナカファクターはその象徴であり、その発見方法はまさに技術者の手法で行われ、現在iPSの研究と開発は科学者により進められている。
このような時代になると大きな問題になってくるのが、科学者が正しく知識労働者であることを自覚しているのかどうか、と言う点である。正しく自覚されておれば、その成果は人類に役立つものになり、科学者は貢献できるだろうし、少なくとも多額の給与を得ながら「あの日」のような本をかくような事態にはならない。講談社は科学の書籍を出版し貢献している会社、という自覚を持つべきだった。
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清原元野球選手が、覚醒剤所持で現行犯逮捕されたという。本欄で取り上げた理由は、昨晩のTV番組で、1年前の彼の心境が語られ、その内容が人生の目標喪失という問題だったからである。
彼にとって、野球という職業は何だったのだろう、と考えた。また、いい年をして、という印象をうけた。人生の目標やビジョンは、社会人になったら皆持つべきである。知識労働者であれば当たり前のことが、野球選手には常識ではなかったようだ。スーパーマンや特別な人でない限り、目標やビジョン、夢は必ず持つべきであり、また、これは、お金や才覚が無くても誰でも持つことが可能(注0)である。
昔は宗教が精神の支えとなり、人生を生きることができたが、現在は無神教の時代で日本人の精神的支えが無くなってしまった。檀家制度も崩れつつあり、坊さんの失業もあるそうだ。まだ坊さんの覚醒剤犯罪が起きていないので救われるが、昔のヒーロー、歌手飛鳥の事件がまだ記憶に新しい。
覚醒剤がどれだけ気持ちの良いものか知らないが、覚醒剤より、というよりも本当に気持ちの良い体験を一度でも味わえば、二度三度その体験をしたくなるのは、人間の習性かもしれない。ならば健全な、そのような体験を早い時期に若者にさせるのは、良いことかもしれない。
若者に限らず、誰でも気持ちの良い体験は喜ばれるかもしれない。当方は、高純度SiCの発明をしたときに、天にも昇る感動をした。黄色いその粉を見て、そしてなめてみて、言いしれぬ快感を憶えた。それからゴム会社の先行投資を受けたときに、同様の感動を、さらに6年間我慢し(いわゆる開発の死の谷を歩いた期間)、住友金属工業とJVの契約を締結できた瞬間は、卒倒しそうであった。
いずれの快感もどのように伝えたら良いのか、表現の方法が無い。覚醒剤による快感がどれだけのものか不明であるが、生理活性の無い黄色い粉が大変な快感をもたらしたことは確かである。この度重なる快感は、いずれも明確な目標を定めてそれを実現できたときに、しかもほとんど自分でも難しいと思っていたときに得られた快感である。
だから、目標やビジョンは、高ければ高いほど、それが達成されたときの感動は、ものすごいことになる。これは味わったものでなければ分からないかもしれない。そして一度味わうとやみつきになることも確かであるが、写真会社へ転職してしばらく忘れていた。
ゴム会社における高純度SiCの仕事が無くなった喪失感も影響したが、会社の目標管理で、自己の目標も達成可能な低い目標になっていったからだ。これは会社の風土も影響する。ゴム会社には高い目標や夢をもつような創業者の理念や風土があったが、写真会社にはそのようなものがなく、代わりに極めて気楽に過ごすことができた。これはこれで良い風土であり、平々凡々幸福な日々が過ぎた。
再度ゴム会社同様に高い目標を設定したきっかけは、豊川へ単身赴任することになりがっくりきたときに頂いた、元無機材質研究所副所長の手紙だった(注1)。いつかこの手紙の内容は公開したいが、手紙を読みながら自然と涙が出てくる感動的な内容だった。その忘れた頃に届いた手紙のおかげで、再度高い目標を設定(注2)し、それを実現できて心臓発作でも起こしそうな快感を味わった。年をとってからの度を超した快感は命を縮める危険があるが、高い目標やビジョンを設定して生活することは、宗教を喪失した人間にとって大切なことである。
(注0)弊社ではそのための研修コースも用意しているので問い合わせていただきたい。目標やビジョンと言っても難しいものではない。一年先の目標を毎年立てるような生き方でも良いのである。一日先でもかまわない。当方も長期的目標と短期的目標を整理している。そして、夢は100歳まで元気に生きることである。若い人には分からないだろうが、50歳を過ぎた当たりから、健康の問題が幸福の重要課題となる。そのための準備を怠っていた当方は、早期退職をして最初に心がけたのは、体力を取り戻すことだった。「若さ」はかけがえのない宝であることをつくづく思い知った。
(注1)副所長には、社交辞令程度の年賀状しか出していなかった。当然当方の状況などご存じなく、東京の自宅に手紙が届いた。聖人とはこの副所長のことを言うのだろうと思われる手紙だった。そしてその手紙は「あの日」の真実を書いた手紙だった。やはり、「あの日」というタイトルは読み手にその回想が感動を与える著作物に付けて欲しい。
(注2)会社の方針目標とは別に、フローリー・ハギンズ理論にそぐわないPPSと6ナイロンの相溶や、カオス混合の発明を目標に設定した。いずれも博打に近く、実現がほとんど難しい目標に思えたが、生活に柱ができ、仕事も誠実に真摯に貢献だけを考え推進できた。不思議なのは、担当していた仕事が目標へ向かって動いている感覚あるいは幻覚があったことだ。覚醒剤に近いと思われるこの感覚に支えられて、カオス混合を実現した工場まで袋井に作ることができた。気がついたときには成果が出て、普通に仕事を進めていたら失敗していたテーマを成功させて、会社に十分な貢献ができた。
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エジソンは19世紀の技術者で、天才であるとともに奇人としても知られている。しかしエジソンの弟子アチソンについては奇人と言う話は伝わっていない。SiCがエジソンの発明であることは偉人伝にも書かれているので、エジソンとアチソンの師弟関係は良好だったのだろう。αSiCの製造方法がエジソン法ではなくてアチソン法となっていることからそれが伺われる。
おそらくエジソンは自分の指示で実験をやらせていたアチソンの成果として認めたのだろう。当時の発明でエジソンによるものとされる品々は多いがアチソンによるものについて当方はSiCしか知らない。SiCの発明の逸話は有名で、ダイヤモンドを人工合成したかったエジソンは、ダイヤモンドは炭素でできており、高温度でダイヤモンドができる、という科学の知識を得ていた。そして、るつぼで炭素を加熱していたら偶然ダイヤモンドのような硬い物質ができたので、コランダムをもじってカーボランダムと名付けた。
コランダムに似た名前を付けたのは、カーボランダムが大変固い物質だったからだ。恐らく実験をやっていた時のアチソンの頭には反応式ではなく$マークが浮かんでいたと思われる。カーボランダムは後にSiCであることが明らかにされたが、使っていたるつぼがシリカ製であったことが幸いした。アルミナだったならSiCよりも柔らかい物質となっていた。
エジソンがダイヤモンドを作ろうとして偶然SiCを発明した話は有名で、当方は小学校の時からカーボランダムを知っていた。ただ、それが弟子のアチソンによる発明であることを知ったのは、大学でアチソン法を習ってからである。カーボランダムの発明物語を読む限り、エジソンもアチソンも科学者ではなく技術者である。
高温に加熱すると硬い機能を持った物質ができる(注)、という古典的知識と、ダイヤモンドがカーボンでできているという知識を組み合わせて人類に有用な新しい研磨剤を創りだしたのである。また、新しい知識を獲得しその利用の仕方も知っていたので知識労働者でもあった。科学の時代の技術者や職人は多かれ少なかれ科学の知識に触れそれを活用するので、皆知識労働者である。(続く)
(注)セラミックスの語源であるケラモスは高温度で焼き固めたモノという意味である。
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